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2008年4月

今この時&あの日あの時

 当ブログのタイトル、「今この時&あの日あの時」につきまして、少しご説明させていただきます。

 まず「今この時」についてです。言い変えますと、「時は今!」「今ここのこの瞬間にのみ生きよ」ということです。英語では、「be here now」となります。つまり、今この環境(たとえそれがいかなるものであっても)の中で生きている、その一瞬一瞬にフォーカスして、生命を燃焼させて生きる。このことこそが重要なのだ、ということです。

 フォーカスすべき(焦点を合わすべき)なのは、過ぎてしまって二度と取り戻せない事どもや、遠く離れ去った思い出の場所なのではない、ということです。ややもすれば「人間」は、とかく過去の出来事を悔やんだり、思い悩んだり…。まだ来ていもしない将来への不安にかられたり…しがちなものです。それではとても、「今この時」に集中して生きることはできません。

 誰かが言っておりました。「だから人間は、どんどん年を取って早く老け込んじゃうんだよ」と。皆様。ただただ今生かされているこの場、この一瞬にのみ100%フォーカスして,生の充実を実感して生き続ける限り、たとえ肉体年齢が何十歳であろうとも、常に若々しく生きられるそうですよ! だったら、ぜひぜひそういう生き方を、早速「今この時」から始めましょうよ!

 「今ここのこの瞬間にのみ生きよ」。これはまず何より、私自身への自戒のことばでもあります。以上のような意味合いをこめた「今この時」です。

 とは申しましても。人間は「過去を記憶する生き物」です。過ぎ去ったことごとを、一瞬一瞬に振り払って、完全に「今この時」にのみ生きることは、よほどの達人ならいざしらず、凡人たる私たちにはおよそ不可能です。

 私はそれでいいと思っています。過去のことどもを懐かしく回想することは。そこに暗い影や、ネガティブな悲哀感などが付ずいしていさえしなければ。いえ。仮に辛く、苦しく、惨めで、痛ましい過去の出来事だったとしても。高められ清められた、「今の光りの想い」で洗い直して、そのような出来事をも「加光(かこ)」にしてしまえるのならば。

 セピア色の懐かしい思い出は、セピア色そのままで。もしそれが、グレーやダークブルーの嫌な思い出ならば、きらきら輝くパステルカラーの思い出に。想い自体を、変化、変容。そうすれば、「回想にふける」ことは、決してマイナスではなくなります。

 これからこのブログでは、そのようにして「今この時」から、光りを当て直した「あの日あの時」を、折りにふれてつづっていたきいと考えております。もちろん、常に新しい「今この時」の新鮮な出来事も。ただ記事によりましては、面白くするために幾分マイナスの入った「あの日あの時」に触れることがあるかもしれません。しかし私はそのような場合でも、以上のような心持ちで、常に臨んでおりますこと。どうぞご了承たまわりたいと思います。

 なお、先々のことにつきましても、余計な心配をしないことに致しましょう。「未来は輝いている」。社会総体も、皆様ご自身の未来も。この先ずっと。「未来」について、皆様にお伝えしたいことは、ただその一言に尽きます。

 それでは皆様。今後とも末永く、当ブログごひいきくださいませ。

(大場光太郎・記)

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「黒髪」はどこへいった

 島村抱月主催の芸術座で主演の松井須磨子が歌った『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞、中山晋平作曲)の4番に次のような歌詞があります。

  いのち短し 恋せよ少女
  黒髪の色 褪せぬ間に
  心のほのお 消えぬ間に
  今日はふたたび 来ぬものを

 また、与謝野晶子の『みだれ髪』のなかに次のような名歌があります。

  その子二十歳(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな

 これらの歌の内容と「当世少女(ギャル)気質」とは、そうとう食い違うところがあるようです。
 
 その第一は、当世の若い女性で「黒髪」というのは、ほとんどおいでになりません。「茶髪」というのでしょうか、たいがいの女性は髪を染めておいでです。古来より我が国では、「黒髪は女の命」「緑なす黒髪」などと讃えられたとうかがっております。それなのに当世では、「日本女性」であることのアイディンテティが保てなくなった故なのか、何の抵抗もなく、猫も杓子も髪を染めたがります。私などは、たまに黒髪のうら若き女性をお見受けすると、かえってゾクッとするような色香を覚えますのに。(男性も、「日本男性」としてのアイディンテティが保てなくなっているのと、相関関係です。)
 
 ともかくそのような次第で、この歌の中の「黒髪の色 褪せぬ間に」を「茶髪の色 褪せぬ間に」、あるいは前掲の与謝野晶子の歌の「櫛に流るる黒髪の」を「櫛に流るる茶髪の」に変えたらどうなりますでしょう?その味わいは?およそシャレになりません。それに語呂が悪いし、第一歌の「叙情性」が根底から崩れます。(但し現代詩では、「茶髪OK」なのでしょう。案外その中から、以外な抒情詩が生まれないとも限りませんが。)

 次に。例えば私のような者が、街中(まちなか)でたむろしている今時のギャルたちに、したり顔で「君たち。恋をしなさいよ。出来るのは、若いうちだけだから。」などと話しかけでもしようものなら。「ヤダー。なにこのオジサン。チョーウザイ。いわれなくたって、コイならいっぱいしてますーぅ。!」てなこと言われそうで、おヽ「チョーコワイ!」。

 もう40年も前、三島由紀夫が「今東京では、矮小で安っぽい恋が氾濫している。そんな恋では、互いを高め合い尊敬し合う気持ちは薄れ、また性エネルギーは、その場限りでたやすく費消され、別の変革エネルギーに転化、昇華される余地が無い」と書いているのを読んだ記憶があります。
 当時ですらそうなのですから。あの頃から比べると信じられないくらい、性の解放が進んだ今日では、さらに安手で刹那的な恋が東京どころか、全国津々浦々で繰り広げられ、今や「聖域の堤防」は、決壊寸前なのかもしれません。

 この『ゴンドラの唄』で高らかに謳い上げているのは、そんな「卑小で刹那的な恋」ではないはずです。この歌は、師・島村抱月とやがてその死に殉ずることになる松井須磨子の、それこそ身も世も捨てた、「身の丈の大きな恋」の絶唱だったのではないでしょうか。
 そして抱月、須磨子のみならず、作詞した吉井勇、作曲した中山晋平の…たぎるような熱い想い。この歌は、彼らの「生命の燃焼」から生まれた、当世ではもう古典化してしまった、大正の青春のモニュメント的名曲なのでありましょう。
(大場光太郎・記)

(『ゴンドラの唄』の歌詞と曲は「二木紘三のうた物語」にあります)。

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