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みどりの季節

    水面を慕いて飛べリ川つばめ   (拙句)

 台風2号は、列島をかすめたくらいで大過なく…。午後3時頃には、はるか北の洋上で低気圧に変わったらしいけれども。
 その余波で、当然ながら終日曇り。それはまあいいとして、外に出ようものなら冷気をはらんだ強い風が吹きつけ、とにかく寒い。5月だというのに、体感では冬の終わりから、早春の頃の感じだろうか?

 なおも朝鮮半島に大きな雲の塊りがあり、これを低気圧に変わった台風2号のなれの果てが刺激して、西からまた天気が崩れ、それが東に少しずつ移動してきて…。結論として、神奈川県県央地区の当地は、明日もぐずついた天気なのらしい。
 「みどりのそよ風」というタイトルの身辺雑記を考えているのだけれど、それじゃあ明日もダメだ。とほほほほ…。

 それでも外の景色の木々の緑は、曇り日の方がなぜかいきいきと引き立って、目に飛び込んできます。私は山形のど田舎の産なので、とにかく「緑」という自然環境がない土地では、とても生活できないと思います。
 本日、『「自然観」をめぐって』という小論を、当ブログに載せました。また二木先生の『二木紘三のうた物語』に収録されている『枯葉』の私のコメントの中で、「枯葉」などというシャンソンの名曲がある一方で、ヨーロッパの歴史的な都市には余りにも木々の緑が少ない…なぜなのか?ということについて触れさせていただきました。
 

 若き日の、我が憧れのヨーロッパの都市。いえ、今でも十分憧れではあるのです。何分かの地に行ったことが、ついぞないもので。しかし短期的な旅行ならいいとしても、そのいずれかの都市の一角に長く住み続けるなんぞということは、とてもとても。ご遠慮申し上げます。
 かの夏目漱石も、明治時代倫敦(ロンドン)に留学して、すっかりノイローゼになったらしいけれども。漱石の場合は、「明治日本と英国との文明度の落差」または「近代的自我の苦悩」などの、高尚な理由からだったのでしょうが。
 私の場合は、ただ単純に「ヨーロッパの町々にはあまりにも緑が少ないから」という理由だけになりそうです。
 この季節。自然豊かな日本に生まれた身の幸せを、つくづく感じます。
 (大場光太郎・記)
  

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