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水路道(2)―狭まりゆく自然

    夜の蛙(よのかわず)遠き故郷を曳きて鳴く   (拙句)

 当地の厚木市は、小田急で新宿までほぼ一時間くらいと、首都圏ぎりぎりに位置する一地方都市です。それゆえご多分に漏れず、都心のベットタウンとして、私の居住地付近も昭和40年代後半頃からにわかに、「都市開発」の波に容赦なくのみ込まれることになりました。

 厚木市の郊外部である当地は、市街化区域としてそれ以降は住宅建設ラッシュ。それまでの見渡す限りの田畑は、どんどん宅地に転用されていきました。まず縦横に広い道路が敷設され、その中に戸建住宅、工場や会社施設、スーパー、コンビニ…。
 わずかに残された周りの空き地も、次々にアパート、マンション、駐車場などに姿を変えつつあります。つい何ヶ月か前も、すぐ目の前の空き地に、Rパレス21の2階建アパートや何軒かの豪壮な戸建住宅が建ちました。この空き地はそれまで広々とした草地になっていて、よく子供たちがキャッチボールなどをして遊んでいた所です。

 そういえば、数年前まではその時期になると、私の居宅の回り中で、うるさいほど「夜蛙(よかわず)」の鳴く声がしたものです。そのたびに、私は『郷里の山形でもこんなぐあいだったなあ』と、懐旧の感を深くしたものでした。しかしその声も年々細っていき、今では雨の夜などにたまに聞かれるくらいになってしまいました。

 そのようなわけで。周りから目に見えて身近な自然がどんどん狭められていく現状では、この水路道はなるべく通りたい道なのです。
 それは釣り上げられた魚が、口をパクパクさせて必死で水を求めるように。私はわずかな長さのこの小径を通りながら、そのつどつかの間、「自然の気」をいただくわけなのです。私の心はかくも、「自然なるもの」を切実に求めているのです。
                                      (以下次回につづく)
 (大場光太郎・記)

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