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古賀政男の失恋&名曲誕生秘話

 昭和3年夏。宮城県青根温泉。古賀政男がその地で、自殺まで思いつめた理由は,謎とされているようです。生活苦?失恋?あるいはその前年「ただぼんやりした不安」 という言葉を遺して自殺した、芥川龍之介の影響?
 私は、一番大きな原因は、やはり「失恋」だったのではないかと思います。

 古賀政男の失恋の相手は、中島梅子という、年上でバツイチの、芸術的センスに溢れた八頭身美人だったようです。彼女は古賀の音楽上の教え子で、いつしか恋仲になったようです。

 結婚も考えたようですが、生活苦も重くのしかかっているし…。
 悩んだ末彼女との別れを決意した時の古賀青年の心中、察するに余りあります。
 真剣な恋だったがゆえに、苦悩は相当なものだったでしょう。
 それは古賀青年にとって、大きなイニシエーション(通過儀礼)でした。
 それを乗り越えて人間として大きく飛躍するか、自殺してしまうかの、ぎりぎりの。
  
 結局古賀は、自殺を思いとどまりました。
 大イニシエーションのクリアーです。新たに生まれ変わったわけです。
 その成果が、『影を慕いて』という一曲に結実しました。

 ひるがえって中島梅子は、古賀が再生を果たした翌年の、昭和4年の早くに亡くなりました。病死でした。ですから、何度かの手直しを経て今日私たちが聴くことができる、完成形としての『影を慕いて』は、「まぼろしの影」になってしまった彼女への哀切な挽歌だったわけです。(古賀政男は、当時のことをあまり語ろうとしなかったようです。人知れず、十字架を背負っていたのではないでしょうか?)

 そんないきさつを知るとなおのこと。聴くほどに、心の琴線に触れてくる、情感溢れる昭和の名曲だと思います。

                          *

 (注記)「イニシエーション」は、O真理教の教義上の用語だったことにより、すっかり 負のイメージが定着してしまいました。しかし、本来の意味は、人生の節目で迎える「通過儀礼」です。例えば、入学式、入社式、結婚式など。
 またイニシエーションは、人が精神的な危機や試練を乗り越えて、成長する必要がある場合にも用いられます。
(大場光太郎・記)

 (『影を慕いて』の歌詞と曲は「二木紘三うた物語」にあります。なお、この記事をまとめるにあたりましては、「おもいでチューズデー」を参考にさせていただきました。ここに感謝申し上げます。)

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