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「朧月夜」-私たちが失ってしまった原風景

 
 

 菜の花畠に入日薄れ 見わたす山の端霞ふかし…。
 昔の田園風景が鮮やかに甦ってまいります。懐かしい、懐かしい風景です。さながら、この歌だけで完結している、一つの小天地の趣きです。
 一番は夕景、二番は夜景。主役は春満月です。その月がおぼろがかっています。
 月がおぼろであることによって、なおのこと。暗くなりまさるほどに、霞みつつやわらかな光りに照らし出された下界の皆悉くが、絵画的なものに、詩的なものに異化され、昇華されてゆきます。
 たとえば、田中の小路をたどる、常日頃は平凡な一村人さえも。

 かてて加えて。七五調の文語体とはかくも格調高く、美しいものだったのだろうか。かかる文体に滅多に接する機会のない私たちにとっては、この歌詞のような流麗な文体を目の当りにすると、とうの昔に失ってしまったものへの懐旧の念、愛惜の念をあらためて呼び起こさせてくれます。
 かつては、全国どこにでもあった田園風景。都市部では特にその多くが消失し、残っている所を「原風景」と呼ばなければならない。田園風景に囲まれて育った者にとっては、悲しいことです。

 さらにこの歌には、見逃してはならない大切なポイントがあると思います。
 文語体の歌詞と一体になって溶け込んでいるかのような、見事なメロディの、そのゆったりとしたテンポです。私たちはすっかり忘れておりましたが、これが自然本来のリズムなのではないでしょうか。
 聴いていて、実に心地良いリズムでありテンポです。これこそが、やすらぎの、おおげさにいえば、星と星、星系と星系、銀河と銀河を、音もなく静かに真釣り合わせている「宇宙的律動(リズム)」なのではないでしょうか。

 私たち人間は、疑いようもなく「自然の児」です。したがって、この歌のこのリズムこそが、本来の「人間のリズム」でもあるはずです。私たちのついこの前までの先祖が、当たり前のものとして暮らしていたはずのリズム…。
 私たちは一体いつから、このリズムから大きくはみ出してしまったのだろうか。はみ出して、自然とは別のものを血まなこで求めて、本当に幸せになれたのだろうか。
 「人間のテクノロジーがどんなに進歩しても、自然は決してそれに出し抜かれたりはしない」。ある賢者の言葉です。

 皆様。しばし、一切の世事、雑事を忘れて、二木先生の『朧月夜』の素晴らしい演奏に聴き入りましょう。
 そして、現代人の誰もがそうである「騒ぎすぎる血」を鎮めましょう。 
(大場光太郎・記)

 (『朧月夜』の歌詞と曲は「二木紘三うた物語」にあります。)

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コメント

 当記事は、ちょうど1年ほど前の昨年3月15日(土)、「二木紘三のうた物語」の『朧月夜』におけるコメントが初出です。わずか1年前のことながら、何やらずいぶん昔のことのような感じも致します。
 あの頃は、私自身乗りに乗ってワクワクしながら『うた物語』コメントをしていました。それで二木先生はじめご同好の皆様が、私の拙いコメントをお読みになってどう感じられているかなどあまり斟酌もせず、とにかく怖いもの知らずで勢いにまかせて、長文コメント、問題コメントを連発していました。
 今回トップに持ってきました『朧月夜』の拙文もその一つでした。だから愛着もひとしおです。この文は、当ブログ開設直後頃二木先生にお願いして、『うた物語』から当ブログに移させていただいたもののうちの一文です。
 今花冷えの気候が続き、ちらほら咲き出した桜も、足踏み状態。野にも山にも若葉がいっせいに芽吹き、春の色とりどりの花々が咲き乱れるのは、例年桜が満開を過ぎ散り始める頃からです。そんな中で、2月頃から「菜の花」は当地の畑や空地で、黄なるまぶしい色で咲いていました。花に乏しい季節ゆえ、それは大変目立ちます。ただ私は浅学にして、通常目にする黄なる花が、「真正な菜の花」なのかあるいは「菜の花もどき」なのか仔細には分かりません。

投稿: 大場光太郎 | 2009年3月30日 (月) 01時04分

 今回今晩のおぼろ月からこの一文を思い出し、再掲載することにしました。
 こんな場合、当ブログのお得意様(「お気に入り」に入れていただており、定時ご訪問の方々)でトップ面からお入りの方は、難なく再掲載の一文をお読みいただけます。しかしある特定の記事を「お気に入り」に入れて下さっている方々の場合は、再掲載文はトップ面サイドの「最近の記事」には表示されないため、スルーしてしまうことになります。
 なるべくそれを避けるため、こういう場合は私自身、何らかのコメントを加えることにしています。
 今回もそのつもりでコメント欄を開こうとして、一瞬『あれっ?』と思いました。既にコメントが一つあったからです。『こんな地味な文に、コメントしてくれたのは誰だったろう?』と考えながら開きますに、何のことはない、09年3月の私のコメントなのでした。
 2年余前ですからすっかり忘れていましたが、その時既に再掲載していたわけです。
 でもいいでしょう。こういう一文は何度でもお読みいただきたいし、それに残念ながらその頃からの読者の方はずい分少なくなりましたから。
 (なお今回は、どこかからお借りした画像を加えました。)

投稿: 時遊人 | 2011年5月16日 (月) 00時54分

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