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夜もみどりなる(1)

    プラタナス夜(よ)もみどりなる夏は来ぬ   (石田波郷)

 石田波郷(1913年~1969年)は、愛媛県出身の昭和の代表的俳人の一人です。愛媛県といえば、近代俳句の父と母的存在である正岡子規と高浜虚子(きょし)の出身県でもあります。波郷は1932年単身上京し、水原秋桜子(しゅうおうし)、久保田万太郎らに師事。1937年句誌『鶴』を創刊し、その主宰になりました。波郷二十四歳のことです。
 その後波郷は、韻文精神に立脚した人間諷詠の道をたどり、中村草田男(くさたお)、加藤秋邨(しゅうとん)らと共に「人間探求派」と呼ばれ、戦後俳壇を主導した俳人の一人でもあります。

 石田波郷の若い頃の句には、この句のような叙情的でみずみずしい感性の句が多くあります。波郷は、私の好きな俳人の一人です。

 この句が作られたのはいつの頃なのか、仔細には分かりません。しかし、戦前の東京のどこかの街並みを思い浮かべるのが妥当なところでしょう。皆様お分かりでしょうが、夜の真っ暗闇では木立は深い闇に包まれてただ黒々と不気味に迫ってくるばかり。とても「みどり」には見えません。
 木立が夜でも「みどり」であるには、それを照らし出す何かがが必要です。そこでこの句の舞台は、私たちにとっては、ノスタルジックな戦前の東京のさる大通りです。先ずそのことを念頭においておきましょう。
 
 その通りには、プラタナスが街路樹として、ずっと通り中先まで続いています。その通りを、郷里から出てきて日も浅い、若き日の波郷が歩いています。ふり仰ぐと、一本のプラタナスのすぐ間近に街灯があり、その昭和十年代の灯りに、プラタナスの豊かで大ぶりな繁り葉が鮮やかなみどりとなって浮かびあがっている。
 その光景は多分愛媛県でも他の何県でも、当時の田舎では先ずお目にかかれない、都会の夜ならではの、叙情的でかつ幻想的でもある光景です。
 
 それを見て、「夜もみどりなる」と捉えた。これこそが、波郷の新発見です。
 先ず詩的場面を的確に見出せることが、そもそもの大前提。そしてその上さらに、その詩的場面の「核心」を、このようにスパッと一言で捉えられるか否か。これこそが、優れた詩人、俳人であるか、あるいは単なる凡百の愛好家で終わるかを分ける生命線であると思います。                            (以下次回につづく) 
 (大場光太郎・記)

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