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川蝙蝠(こうもり)

    夕川の空に群なす蝙蝠よ    (拙句)

 夕闇迫る七時頃、厚木市内での所用を済ませて、中津川沿いの道にやってきました。
 いつものとおりそこで車を停めて、きょうの川のようすを見に堤防を降りました。堤防は中ほどの人が歩ける数十センチの通路まで、三段ほどの格子状のコンクリート護岸になっています。だいぶ前に作られたもののようで、今ではすっかり黒ずんで多少風化もしている感じで、中津川の自然と融けこんでいる具合です。私はその護岸の下段付近のやや突起したいつも決まった場所に腰をおろします。そしてタバコを一服吸い終わるくらいの、数分間を川の様子を眺めて過ごすのです。

 そうやって川を眺めていると、不思議に心が落ち着いてきます。水は無意識の象徴でもあるようです。そのことが知らす知らずに自分自身の無意識との交流になっており、水が自然のままに流れていくようすを見ていることは、ついつい澱みがちな心を洗い流し浄化してくれるのでしょうか。
 年中折りにふれて来てみても、川の新しい顔を発見することができます。この川に限らず、それが自然というものの本質なのかも知れません。求める者には、常に新しい「何か」を啓示してくれる。

 さて本日の発見は「こうもり」です。堤防の上に立った途端、川空で何かが飛んでいることに気がつきました。初めはつばめかと思いました。以前『みどりの季節』で「水面を慕いて飛べリ川つばめ」と詠みましたとおり、この季節川つばめはよく見かけますから。
 しかしつばめにしては、一回り、二回り小さいようだし…。堤防を降りながらよく見ますと、こうもりでした。それも数メートルから十メートルくらいの川の上空を、数十匹群をなして飛んでおります。これが数百匹、数千匹だったら、空が真っ暗になるくらい…と形容できますが、さすがにそこまでではありません。それでも、夕闇迫る中ですから、人を驚かせるには十分です。

 その飛び方はといえば、つばめほど優美ではありません。まるで不規則な飛び方です。前に飛んでいたかと思うと、急に止まって、くるりと向きを変えて来た方向に戻ってみたり。一箇所でただ昇り降りしているだけだったり。ただただ大きな円を描いているだけだったり。私のすぐ近くをかすめ去っていったり。テンでバラバラです。
 それも、ほぼ川の上空だけに限定して飛んでいるようです。『何でだろう?』。その辺には虫でもいて、それを食べるのだろうか。それにしては、パクつくようなようすでもないし…。結局彼らの夕川の飛行の理由、私には分かりません。

 『そういえば、前にもこんなことがあったなあ』。そうなのです。こうもりは今の季節になると、夕暮れの川空に限っての乱舞ショーを繰り広げるもののようなのです。ちなみに「こうもり」は夏の季語ですから。
 私はいつもはタバコ一服の数分以内で切り上げるところを、ついつい面白くなって十五分もそのショーを見ておりました。

 帰り際、堤防の上で暮れなずむやや南の中空を振り仰ぎますと、半月にほど近き月が、夕方から全天を薄く覆い始めた雲間をとおしてやわらかく光っておりました。
 (大場光太郎・記)

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