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東海大学湘南キャンパス近辺今昔(4)

 例えば我が国では『愛と認識との出発』あるいは西田幾多郎の『善の研究』など。西洋文学ではロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』、マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』など。人間の理想をとことん追求した書は、私の前の世代ならいざ知らず、私の世代(団塊の世代)で大真面目に読んだのは、むしろ少ないのではないかと思われます。
 これは私らの世代がその前の世代より精神的に劣化したというよりは、少なからず当時の時代状況にその要因があったのではないか、と思われるのです。同世代の若者たちの鋭い嗅覚は、自分たちを取り巻く社会状況にどうしようもない矛盾を感じ出し、『これはただ単に理想論だけを振りかざしていても、どうにもならんぞ』と気づいてしまった。もっと俗っぽい言い方をすれば、『今の世の中、どうもウサンくさいぞ』と既に見抜いてしまった。

 そんな時代状況がまるで読めていない、その頃の私の立ち位置は、道から少し外れた田んぼの中。そして彼ら東海大学生たちは、私にとっては「花道」に思えている、駅からの道をぞろぞろ行列をなして歩いている。彼らが向かう先は、オンステージである「大学」。
 そのように、私にとって彼らは羨望の対象でありながらも、他方ではテンでバラバラな服装で同一方向に歩いている彼らの姿からは、松前重義氏の「建学の精神」はあまり感受できないのでした。
                          *
 このタイトルからだいぶ脱線してしまいました。
 そんな次第で私は、その後も東海大学湘南校舎(確か当時はそういう呼び方でした)近辺の測量に従事しました。
 当時は、大根駅(現在の東海大学前駅)の周辺はもとより、東海大学校舎の周辺にもわずかに店舗があるのみ。元々の農家が点在しあとは畑が連なる、昔ながらの田園風景が広がっている高台でした。これから私が向かおうとしている県道沿いも、建物はほとんどなく、山林やその合い間に畑がぽつんぽつんとあるくらいなものでした。
 以来40年。首都圏のどこもそうであるように、東海大学キャンパスから駅までの半径1キロほどのエリアには、今ではもう立錐の余地もないほど、店舗や住宅がびっしりと建ち並び…。
 往時を知る私にとっては、まさに「隔世の感」を改めて深く致します。
                                  ― 完 ―
 (大場光太郎・記)

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