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夕暮れの街角で

  夏の涼しい夕間暮れ
  遊歩専用の街角で一人の若者が
  通りを飾るとて設けられた花壇の
  縁に腰掛け物思いに耽(ふけ)っている。

  若者は時折り顔をあげ
  天を振り仰いだかと思うと
  また顔を伏せて
  深い嘆息を漏らす。

  通りを行過ぎる人のことなど
  まるで眼中になさそうだ。
  見れば若者は手に
  黒表紙の分厚い書物を持っている。

  そのうち手にしていた書物を
  やおら広げて読み出した。
  何から何まで場違いな若者だ。
  (いや場違いなのは街そのものとも言える。)
  
  その書物はさる聖なる書らしかった。
  開くと同時に光りがパーッと
  四方八方に放射されたから
  それと分かるのだ。

  光りはどこまでも伸び広がりたいらしい。
  しかし街に連なった硬質で無機質な
  コンクリート壁面が頑として光りを拒むのだ。
  だから光りはそれ以上進めない。

  光りは壁面にぶつかりながら
  その黒い色素と交じり合う。
  交じり合いながら激しく戦い交わす。
  しかし程なく光りはかき消される。

  それと同時に若者は
  本をパタンと閉じた。
  そしてひときわ深い嘆息を漏らし
  夕暮れの空を見上げるのだった。

           (大場光太郎)

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コメント

 ブログ開設間もない、2008年6月に作った詩です。たびたび述べましたように、当時はもっぱら身辺雑記、自然観察文、名詩・名曲鑑賞文などを主として記事にしていました。その一つとして、自ら拙い詩を作って公開もしていました。
 当時は「毎日更新」が原則、かといってまだ「社会的記事」への広がりはなかったわけですから、日々出会う出来事や自然の事物に勢い目をこらすことになりました。
 だからこの詩も、夏のある夕目撃した場面をヒントとして出来たのです。場所は、当厚木市の本厚木駅から北に伸びる目抜き通りの「一番街」。その一角の花壇のところで、黒い表紙の聖書を開いて読み始めた若者が実際いたのです。そこを通りかかった私は、とっさに『これは詩に出来るぞ』と閃いたのです。
 詩の前半は、その若者を少し誇張しながら描いたものです。そして後半は現実から大いに離れ、幻想味を加えた想像をしてみました。
 今改めて読み返してみますと、この詩のみならず、当時の方が今よりずっと刻々瞬々の事象に観察眼が行き届いていたようで、反省させられます。

投稿: 時遊人 | 2012年7月31日 (火) 01時09分

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