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つばめそしてコスモス

    曇り日の並木飛び交ふつばくらめ   (拙句)

 きょうは曇り空にて、時にパラパラ小雨が落ちてくるような、まさに梅雨本番を思わせる一日となりました。外に出てみますと、街のたたずまいしっとりと落ち着いて、木々もよけい緑が引き立って目に飛び込んでくるようで。こういう曇りがちな日も、なかなか趣きがあってよいものです。
 ところで前に「ひばりそしてつばめ…」でも述べましたが、このような曇り日にはなぜかつばめが元気よく飛び交う姿をあちこちで見かけます。特に我が家の近くの、某民営団地側道沿いの青葉豊かな桜並木を、何羽ものつばめが飛び交っている姿は絵になる光景でした。
 まるで空を気持ちよさ気に泳いでいるように、上から下へ降下したかと思えば、すぐまた曲線を描いて上昇する。その優美な曲線の飛跡は、いくら人間が真似しようにも真似できないものです。しかしなおも近づいて車のフロントガラス越しに見上げてみると、つばめたちは翼を上下、前後にけっこう気ぜわしく羽ばたかせながら飛んでいるようす。そのさまは少し不器用にも感じられます。『つばめもけっこう必死で飛んでるんだな』。 

 「飛ぶ」といえば。私は若い頃は、すいすい「飛ぶ夢」をけっこう見ました。だから夢の中の空を飛ぶ夢を見るのは当たり前なんだ、と思っていたら。四十歳を過ぎた頃から、ばったり見なくなりました。思えば(極力思わないようにしているのですが)そういうことが、私にとって「老化」の兆しだったのかも知れません。そうやって心身ともに、その自由度が少しずつ狭められていくことこそが…。「若返り」は可能か?今の私の重要なテーマの一つです。(いずれ記事にしたいと思います。)

 夕方五時過ぎ、時に雲間から薄日が射してきて、街の景色をほんのり明るく照らしました。しかしかの大山は?と見れば、見事に麓からすっぽりと雲霧に隠されその姿とて見えず。これをもって、「明日は晴れるぞ」とはならないようです。
 案の定、六時過ぎ雨が降ってきました。小降りながら、夜中まで降り続きました。

 ところで。きのう『あっ。そういえば土が乾く頃だな。水をやらなければな』。
 例の先週記事にしました「コスモス」のことです。ベランダに行って、くだんのプランターをのぞいて見ますと。何と、コスモス。芽を出しておりました!
 『えっ。こんなに早くぅ !?』
 種そのものもか細ければ、出た芽もなんとか細いこと。ひょろんと2、3cmくらいに、プランターのあちこちからめいめい十幾つくらい。中には二つ三つ、既に小さな小さな双葉になっているのもありました。
 『こりゃあ、大切に育ててやらんとな。それにしても、秋に立派な花を咲かせてやるには、この先大変そうだなあ』。
 あんな種から、こうやって芽になって土の上に出てくる。改めて自然界の不思議さを感じながら、しばしコスモスの芽に見入っておりました。
 (大場光太郎・記) 

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