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太郎村の清水

    ふるさとの清水皆々ご神水   (拙句)

 以下は、私の記憶が始まったそもそもの頃の、そして数少ない記憶の中の親父が登場する懐かしい思い出です。
 
 親父とおふくろと共に、太郎村(山形県内陸部の一寒村)の部落の東側の畑に、私たち家族が来ています。親父が:元気で畑仕事をしているということは、私が五つ頃のことになります。
 部落の東の段々畑の一つが当家の畑です。その畑を、さる地主から地代を払って借りていたのです。一体何の事情があったのでしょう?確か戦後間もなく、GHQ指令による全国的な農地解放によって、それまでの小作農にも大地主から借りていた農地を貰い受けられたはずなのに。
 しかし昭和三十年前後の当家は、東山と西山の麓にあちこち点在している畑を借りている「水呑み百姓」だったのです。田んぼは借りておりません。もっぱら畑のみ。そこで粟、芋、大豆、きゅうりなどの季節の野菜物を作っていました。絵に描いたような、本当の貧農です。

 さて家族がいる畑には、日がさんさんと降りそそいでいます。そんなに極端に暑かった記憶も、かといって寒かったおぼえもなく、季節は初夏の頃だったでしょうか。畑仕事が一段落して、ちょうどお昼時です。
 畑の隅で昼飯を食べます。その前に両親に連れられて、近くの木立が繁った谷地に下りて行きます。清冽な水が流れている細い渓流です。少し大きな石でもひっくり返せば、沢蟹(さわがに)が慌てて飛び出してきそうです。
 両親は、暑い中での野良仕事に喉が渇いていたのでしょう。何もせずに両親の畑仕事をただ見ていただけの私も、一丁前に喉だけは渇いてその清水を飲みたくなりました。しかし茶碗などは持ってきておりません。そこで親子はかつて知ったるとおり、渓流の側に生えている蕗(ふき)の葉の手頃な大きさのを見つけ、茎を引きちぎります。その葉っぱを手でくるんと丸めます。
 そうして渓流に身をかがめながら、丸めた蕗の葉で流れの水を掬います。冷たい清水です。なるべく早く飲まないと、どんどん水がこぼれてなくなってしまいます。そこで、蕗の独特な苦みばしった匂いと共に、一気に冷水を飲み干します。乾いた喉に、その清水の何とうまいこと !

 清水をたっぷり飲んで畑に戻ります。父がやおら二個の赤い石を取り出し、互いの手に一個ずつ持ち、パチンパチンとたたきます。火打ち石です。火花が飛び散ります。何度かそれを試みるうちに、火種が得られ、そうやって煙草でも吸うようです。
 さて畑の端の手頃な所で、弁当を広げていよいよ昼飯です。その前に肝心の箸が必要ですが、これも家から持ってきていません。そこで親父が、畑の近くの潅木の細い枝を鎌でちょん切ります。枝の皮をむき、適当な長さで二つずつに切りそろえて、にわか箸の出来上がりです。
 そうしてようやく、野良での昼飯にありつけたのでした。
 (大場光太郎・記) 

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