« 東京ビッグサイト(4) | トップページ | のちのおもひに »

死者たちを想う季節の中で

  死者たちを想う慣わしの季節の夕暮れ
  小洒落(こじゃれ)た街を
  人々が絶えず行き交う。

  人は今 滅びも死をも想いはせず
  目先の歩くという行為に夢中だ。
  ただただ「生きる」ことのみに捧げられた
  この社会の目的が
  立派に成就されたからだ。

  そこで人々は この国に初めて与えられた
  繁栄のきらびやかな装いを
  思い思いに身にまとう。
  豊かさがいついつまでも続くものと
  信じきっている表明のように。

  しかしその実誰もが
  絶えず何ごとかに急かされている。
  身ほどには装われることのない心は
  種々雑多な想念でぐちゃぐちゃで
  だからこんなにも慌しげに
  行き交っているのだ。

  想念同士が心の中で互いにぶつかり合い
  とにかく前へ、ひたすら前へ。
  「死」という忌まわしい魔物を振り払うために
  「生(せい)」は つんのめってでも前に進むことを
  この社会の人々に絶えず要求するのだ。

  生に寄り添う死の豊かな養分を拒み
  生のみを光りのみを求め続けて。 それゆえ
  この夕べ 通りを吹き抜ける涼風(すずかぜ)に
  季節の移ろいを深く感じることも
  行き交うお互いへの共感を抱くこともなしに。

  まして遠き死者たちとの交感など
  何一つ味わいつくせず
  己自身のケチくさい生の妄念に呪縛されながら
  意味喪失の社会の 意味なき通行人として
  ただ歩き続けているだけなのだ。

  だからこの国には死者たちが占めるべき
  名誉ある場所は年毎に失われてゆく。

  昔から還ってくると信じられたこの季節
  死者たちは確かに還って来ているのだろう。
  されど還って来ても落ち着ける場所とてなく
  何処(どこ)かを哀しくさ迷っているのだろう。

      (平成4年8月作の改作―大場光太郎)  

|

« 東京ビッグサイト(4) | トップページ | のちのおもひに »

」カテゴリの記事

コメント

されど還って来ても落ち着ける場所とてなく
何処(どこ)かを哀しくさ迷っているのだろう。

「千の風になって」を思い出します。
全体を通じての、大場さんの語感が好きです。

投稿: Bianca | 2008年8月13日 (水) 11時07分

Bianca様
 お褒めにあずかり、大変恐縮に存じます。また『千の風になって』を連想されたとのこと。望外の喜びです。ところでBianca様の、「二木紘三のうた物語」の『千の風になって』へのコメント、いつか読ませていただきたいものです。
 以上『千の風になって』を聴きながら。
 

投稿: 大場光太郎 | 2008年8月13日 (水) 13時05分

Bianca様
 さきほど外出から帰り、パソコンを、そしていつものとおり真っ先に『うた物語』を開きましたら。何と、Bianca様の『千の風になって』コメントが出ているではありませんか! 私の無理なお願いを早速お聞き届けいただき、大感激です。
 本当に今の時代亡くなった方々への崇敬の念が、薄れつつあるように感じられます。それはかつての戦争が年々風化しつつあるようなのと、どこかでリンクしていそうで…。
 せめてこの季節いや出来ましたら常に、私自身「不意の風や雨」を故人を偲ぶよすがにしていけたら、と思います。
 大変ありがとうございました。

投稿: 大場光太郎 | 2008年8月13日 (水) 20時25分

この御作を拝読して、何故かふと漱石の「草枕」の中に出てくるシェリーの詩を思い出しました。
 
 前をみては 後へを見ては
  物欲しと あくがるるかな我れ
 腹からの 笑ひといへど
  苦しみの そこにあるべし
 美しき極みの歌に 悲しさの極みの想ひ
  籠もるとぞ知れ

明日は父の墓前に額ずきます。父は昨年4月に他界しました。

投稿: くまさん | 2008年8月14日 (木) 01時47分

くまさん様。こんばんは。
 また拙詩へのコメント、ありがとうございます。お父上、去年の4月にご他界ですか。それでは、くまさん様にとりまして、今年のお盆の想いひとしおですね。今振り返りますと、私の場合母が亡くなって三周忌くらいまで、とかく精神の安定を欠きがちだったように思います。
 告白致しますが、『草枕』はあの有名な書き出ししか知りません。しかしシェリーは、交流のあったバイロンと共に、好きな西洋詩人の一人です。とにかく生き方そのもの否シェリーという存在そのものが、「天性の詩人」でしたね。引用の詩、初めて目に致しました。拙詩とどう結びつくのか、じっくり解読させていただきます。
 今後ともコメント、お気軽にどうぞ。


 
 

投稿: 大場光太郎 | 2008年8月14日 (木) 02時15分

 本日は旧盆の中日です。お盆には、亡くなったご先祖たちが帰ってくる日と信じられています。この詩はまずそのための「死者たちを想う」です。
 さらに間もなくやってくる8月15日は終戦記念日です。先の大戦では戦闘員(軍人)約230万人、非戦闘員(民間人)約80万人、合計約310万人が亡くなりました。この詩は、それらの方々への「死者たちを想う」でもあります。
 本来ならばご先祖たちも、戦争死亡者たちも常平生想い「今こうして私たちがあるのは、あなた方のお蔭です」と日々感謝することが必要なのでしょう。しかし日常の諸事、雑事にかまけてとかく忘れがちです。
 そのための旧盆であり終戦記念日です。この時くらいはせめて、この世を去りし方々への追慕の情と感謝の念を深くしたいものです。

投稿: 時遊人 | 2011年8月13日 (土) 01時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 東京ビッグサイト(4) | トップページ | のちのおもひに »