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のちのおもひに

                 立原 道造

  夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に
  水引草に風が立ち
  草ひばりのうたひやまない
  しづまりかへった午(ひる)さがりの林道を

  うららかな青い空には陽がてり 火山は眠ってゐた
  ―そして私は
  見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
  だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
  
  夢は そのさきには もうゆかない
  なにもかも 忘れ果てようとおもひ
  忘れつくしたことさへ 忘れてしまったときには

  夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
  そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
  星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

  …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……

 《私の鑑賞ノート》

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 立原道造(1914年~1939年)。東京生まれ。旧制一高を経て、東京大学建築学科卒業。堀辰雄に師事。病気療養のため、信州追分を度々訪れた。師の影響から抜けようと模索するさなか、24歳で夭折。

 山形の田舎町の高校生にとって、立原道造の詩にはなぜか響き合うものを感じました。高校2年の冬頃、角川文庫の「立原道造詩集」を買い求め、一時期夢中で読みました(同詩集は、今でも大事に持っています。)

 とりわけこの詩は、当時の私の青っちょろいロマンチシズムにぴったり適い、ひとりでに口をついて出てくるほどに読み込んでいたことが、今懐かしく思い返されます。

 不思議なほど澄明な詩です。夭折の詩人の、汚れや破綻がどこにもない、極めて純度の高い「奇跡のソネット(十四行詩)」といった感じがします。

 東京で生まれ育った生粋のシティボーイ。そして時代の知的エリートの最たる一人であったはずなのに。なぜ「夢」がいつもかへって行くのは、「山の麓のさびしい村」なのだろう?そもそも詩のタイトルの「のちのおもひに」の「のち」とは「何ののち」なのだろう?そしてこの詩における「夢」とは何なのだろう?

 特別難解な言葉を駆使しているわけでもない、それゆえ読み易いこの詩は、実は専門の建築設計のような他の追随を許さない緻密な精神工程を経た精華のようで。今なおいかなる解釈も拒み、ただ純粋にこの詩を読むことだけを求めているかのようなのです。

【補注】

水引草(みずひきぐさ) タデ科の多年草で、晩夏から初秋にかけて咲く。

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(水引草)

草ひばり 草雲雀。直翅(ちょくし)目クサヒバリ科の小形のコオロギ。体色は淡黄褐色で黒褐色の点や帯紋がある。雄は昼間からフィリリリと高い声で鳴く。(「コトバンク」より)

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(草雲雀)

日光月光(にっこう・がっこう) 奈良市薬師寺の薬師三尊のうち、中央の薬師如来の左右に控える日光菩薩、月光菩薩立像のこと。

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(薬師寺の薬師三尊像)

 (大場光太郎・記)

参考 
信州の街道探訪 -北国街道 (追分宿~小諸宿) http://www.ktr.mlit.go.jp/nagano/sinsyukaidou/hokkoku/oiwake.html

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コメント

 本記事は08年8月公開ですが今回再掲載します。

 この記事を公開後、この詩に関して思い出したことがあります。
 私が在籍した山形県内の某高校での入学時、各クラブが新入生の勧誘に余念がありませんでした。各クラブの入り口には、それぞれ勧誘のためのうたい文句を大書したポスターなどが掲げられていました。
 その中に「詩研究部」というようなクラブがあり、そこにこの『のちのおもひに』が記されてあったのです。当時は広く人口に膾炙された詩で、既に私は知っていました。それを目にして心を激しく動かされたものの、当時私は「詩」に対してある種の畏れのようなものを感じており、『オレには詩など作れないよ』という変な思い込みがあり、結局同部への入部を断念したのでした。
 今思えば私は、中学校2年の冬頃から思春期特有の病(やまい)、すなわち「不可能を知る」という困った病にかかってしまっていたようです。そしてそれは今に至るも、「そんな事、おまえには無理だよ」というような内心の声となって囁きかけてくるのです。

 この詩、浅間山の麓で避暑地・軽井沢にもほど近き、信州追分の涼(りょう)を感じながら味わってお読みください。
参考 信州の街道探訪 -北国街道 (追分宿~小諸宿) http://www.ktr.mlit.go.jp/nagano/sinsyukaidou/hokkoku/oiwake.html

投稿: 時遊人 | 2011年8月 3日 (水) 01時50分

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