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七月尽

    暮れゆける七月尽(しちがつじん)の街の灯よ   (拙句)

 7月も末日のきょう、当地では薄い雲が終日全天を覆い、時にそのあわいから日が射してきたり雲に隠れて曇ったり。その繰り返しの、しのぎやすい一日でした。
 いずれにしても、ここまでは本式な猛暑型の夏ではなさそうで、ほっと一安堵といったところです。しかしまだ先は分かりません。なにせ、1995年の超猛暑の年は、8月に入ってから急に焼けつくような暑い日がいつ果てるともなく続いた、トラウマ的な記憶があるもので。

 午後4時過ぎ、お隣の伊勢原市に行きました。道々盛夏の候とはいえ、一帯に広がる勢いよく伸びた青田のさまといい、処々に見られる木立のさまといい。いくら国土が開発という名目の破壊にさらされ続けてきたとはいえ、郊外部にはまだ至る所に緑が認められる、我が国の豊かな風土には本当に感謝です。
 途中小田急線沿いの高い鉄製のネットにからまりながら、葛の葉群が何やら大きな動物の形のトピアリーめいているのも垣間見られました。

 ところで。道々私はあらぬことを考えてしまいました。
 『目にも豊かなこの緑が、仮に全く別な色例えば赤とか黄色とかだったらどうなんだろう?』
 赤や黄といえば、晩秋から初冬にかけての紅葉を思い浮かべます。しかしあれは、一時期限定の色合いだからこそ美しいと感受されるのであって、赤や黄色が一年中野山や街の通りを覆い尽しているとしたら…。どうなんでしょう?おそらく人類は発狂して、とうの昔に滅亡していたのではないでしょうか。

 この季節、道々見かける花は多くはありません。そんな中で、旧家の垣根や庭先で百日紅(さるすべり)の赤紫の花のかたまりが、風にゆらゆら揺れているさまいとおかし、といった風情です。
 またとある家の垣からは、ヒマワリの花がひょろんと伸びた長い茎の天辺にぴょこんぴょこんと真ん丸い黄色い顔をこちらに向けて「こんにちは!」。よく見ると、たいがいは西日の方角に律儀に顔を向けています。しかし中には、あらぬ方向を向いているへそ曲がりなヒマワリも見受けられます。

                        *
 話題は変わりますが、ここで嬉しいご報告を―。
 31日未明たまたま「ココフラッシュ」の「詩カテゴリー」をのぞいてみました。すると何と! 当ブログで28日深夜に公開致しました、くまさん様の詩『ビニール袋・パートⅡ』が、「ディリー部門」の第1位になっているではありませんか!
 ココログの「詩カテゴリー」には、一日に30~50篇の詩が寄せられます。その中で堂々の第1位ですから、これは大いに誇りに思ってよいことです。
 既報のとおり、以前拙文で「雑記」で第1位、「日常」「身辺雑記」で第何位かになったことはあります。しかし「詩」では、初めての快挙です。(なお31日朝には、別の詩が1位になっていました。同詩へのアクセスのピークは、29、30日だったものと思われます。)
 公開に快く応じていただいたくまさん様、そしてご覧いただいた多くの皆様に、心より感謝申し上げたいと存じます。おかげ様で当月も、気分良く締めさせていただけました。8月も当ブログ変わらずごひいき賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
 (大場光太郎・記) 

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コメント

哀れなことに、私はネットやブログの用語にはからきし弱く、「デイリーなんとかで1位の快挙」というのがどういうことなのか、いまひとつ分かってないのが実情ですが、なにはさて、今は素直に大場様と喜びを享有させていただきます。どのような形であれ、多少なりとも貴サイトのお役に立てたとすれば、私にとって望外の喜びです。
 ところで月末・つごもりのことを「○月尽」という言い方をするのは、私が世間知らずのせいか、俳句の世界以外にはあまり聞かないように思います。「月が尽きる」から来ているのかなと思いますが、どういうニュアンスで使われるものなのか、ご教示いただけませんか。

投稿: くまさん | 2008年8月 1日 (金) 21時09分

 くまさん様。私の説明不足でした。
 私は現在「ココログ」というブログ統括母体に所属して、当ブログを展開させていただいております。その中で各記事は「雑記」「日常」「詩」など多数の各カテゴリーに分かれており、それをその都度選びながら記事を公開しております。
 今回御詩は当然「詩カテゴリー」での公開です。するとココログで、公開された各詩のアクセス状況などがすべて集計されており、中でも1日あたり最もアクセス数が多かった詩が、「ディリー1位」として、詩カテゴリーのページの上の欄で紹介される仕組みです。(他に「マンスリー(月間)もあり。」)なおご自分でココログをたどっていけば、各カテゴリーを確認することも出来ます。
 そうですね。とにかく快挙ですから、共々慶びあいたいですね。
 それと各月の「尽」についてですが。確かに世間一般には「月末」でしょう。そして少しシャレた表現になると「つごもり」「みそか」ですね。「尽」はおっしゃるとおり、俳句世界独特の表現のようです。なぜそうなのか。その深い理由は、浅学にして私にも分かりません。ただ拙い私見で申せば、「○月尽」という用語には、1ケ月間過ごしてきたその月がいよいよ尽きることへの、愛惜の想いのようなものがどこかにあるのかなと思います。そしてそれを一つの「けじめ」や「区切り」として、「さあ、心新たに新月に向かうぞ」という前向きな意志のようなものも。
 こんなことでご納得いただけましたでしょうか?とにかく私としては、使い勝手のよい用語なもので、今後とも大いに活用していくつもりです。 

投稿: 大場光太郎 | 2008年8月 1日 (金) 23時49分

懇切なご回答を有難うございました。
このたびの「快挙」は、なんといっても大場様の広いお心が導いた賜物です。
また、「○月尽」という言葉には、過ぎ行くこのひと月を愛惜の念を以って振り返り、心新たにまた来る月を迎えよう、とそのような意味がこめられているのですね。大変勉強になりました。有難うございました。

投稿: | 2008年8月 2日 (土) 07時02分

くまさん 様
 ご丁重なお言葉大変ありがとうございます。すべてはくまさん様が、秀逸な御詩を当ブログにお寄せいただいた賜物です。今後とも、畏兄のご造詣の深いコメントよろしくお願い申し上げます。
 

投稿: 大場光太郎 | 2008年8月 2日 (土) 12時05分

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