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万物備乎我(5)

 私の母校の校訓でもある、「万物備乎我」(万物我に備はる)。
 ちなみに私は、この言葉を「ワード機能」の斜めのある書体の大活字で印字致しました。そしてそれを、外出時にたいがい携帯しているノートの、表紙を見開いたページの最上段に貼り付けております。
 このノートは、かつて知って覚えていた「名言」「励ましの言葉」あるいは「自己宣言文(アファーメーション)」などで埋め尽くされております。外出し時間の空いた時に、このノートを取り出して少しでも読むことによって、生来怠惰で愚鈍な自分自身を鼓舞しようというのが目的です。

 ここで母校のホームページの中に、この言葉の校訓としての意義について述べてありますのでご紹介致します。
 
 出典は「孟子」の「萬物皆備於我矣」で本校創立以来の訓えとなっている。題字は犬養木堂翁書で現在も校内に掲げられている。人間は誰もが自己の内に限りない創造発展の力を内蔵している。これを自覚し本校に学びながら日々精進すればそのすばらしい力が必ず引き出されるという意味である。

 この中の「人間は誰もが自己の内に限りない創造発展の力を内蔵している」との説明は、「万物備乎我」を簡潔に説明していると思います。
 人間に元々備わっている「無限力」を確信していたがゆえの、孟子の「性善説」だったのではないかと思われます。孟子はしかし、ただ何の努力もせずにその「善」が発揮されるとは説いておりません。本来の善を善たらしめるためには、普段の精進努力が必要なのだと説くのです。前に述べました、犬養道子の講演の中の、心を「culture(耕作)」することの必要性と、あい通じるものがあるようです。
 
 そこに、「教育」の必要性もまた存在するように思われます。教育は英語で「education」。その元になった動詞「educate」には、「引き出す」という意味があるようです。つまり子供たち(のみならず人間全般)の中に潜在している「無限の創造力=善」をうまく引き出すお手伝いをするのが、本来の教育の役割であるということになります。
 そこで前掲説明文では、「本校に学びながら日々精進すればそのすばらしい力が必ず引き出されるという意味である」と結ぶわけです。しかしいくら母校といえども、これは少し我田引水的結論ではないかなと、私は率直に思います。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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コメント

大場光太郎さま
はじめまして。
「万物備乎我」で検索して、
こちらにたどり着きました。
長井高校1976年卒の八木倫明と申します。

ブログには
興味深い記事がたくさんあるので
ゆっくり読ませていただきます。

来年2020年が母校創立100年なので
記念石碑「万物備乎我」を、
東京の同窓会から贈ります。
その資金集めのコンサートを
おととしから始めて、
今年が3年目、最終回です。

ことしのコンサートは
6月8日(土)午前の部 11:30 開演
午後の部 3:00開演。
東京オペラシティ3階 近江楽堂です。

投稿: やぎりん | 2019年2月27日 (水) 09時11分

やぎりん様

 はじめまして。
 この度は当ブログの本記事にご訪問いただき、その上コメントまで賜り恐縮に存じます。

 そうですか。母校を1976年後卒業との事。ちなみに私は1968年卒業ですから、8年ほど遅い後輩の方と推察致します。が、ご指定の公式ブログに早速訪問させていただきましたが、肩書きはなんと「ケーナ奏者」!母校出身者にこういう芸術方面の専門家がおられるのかと大変変驚きもし、またご活躍嬉しくもなりました。

 同時にツイート発信もしておられるようですが、ご紹介の画像、さすが堂々たる芸術家の風貌ですね。

 私はケーナという楽器名、名前だけは知っていましたが、ケルト民族に長く伝えられた伝統楽器だったのでしょうか。ケルト民族はわが国とは距離的にも歴史的にも遠い民族ながら、何かしら懐かしいシンパシーを感じておりました。やぎりん様と同楽器とのそもそもの出会い等も興味深いですね。

 本記事は、当ブログ開設年の2008年に公開したものです。確か6回シリーズだったかと思います。グーグル検索で一番先のトップに当記事が紹介されているようですが、大変光栄です。

 今思えば生煮えの感想文のようでお恥ずかしい限りですが、同時に懐かしさも覚えます。他に『空に北斗の光あり、地上に花の香りある』『山形県内高校事情』などで母校を取り上げています。もしお暇な時はのぞいてみてください。

 そんな私ですが、二十余年前に転居した際、母校への転出届を怠って以来母校とはつい疎遠になっておりました。

 そんな折りの、来年の母校創立100年記念石碑「万物備乎我」の東京同窓会からの贈呈資金集めのためのコンサートとの事。当日は午後の部にでも是非参加させていただこうかなと考えております。

 以上、よろしくお願い申し上げます。

【追記】
 ケーナという楽器。その後調べましたら南米ペルー、ボリビアなどで演奏されてきた縦笛のようですね。上に適当な当て推量を記してしまい、大変失礼致しました。

投稿: 時遊人 | 2019年2月27日 (水) 19時21分

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