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秋の兆し

    秋色(しゅうしょく)の兆し探して遊歩かな   (拙句)

 旧盆も過ぎて、少しずつ秋の気配が感じられる季節になりました。
 たとえば夜中10時頃近所の通りを歩いていると、つい先日までは桜並木などを通ろうものなら、夜蝉の声がうるさいほどでした。しかしここ何日かは蝉声はすっかり影をひそめ、代わって草むらの方からすずろに虫の声が聴こえてきたりします。

 そんな時中空には月が掛かり、時に薄い横なびきの雲間を通しまた時に雲を出て煌々と。月がなぜ秋の季語であるのか、振り仰ぐ者に日々にその意義を明瞭に示しつつあるかのようです。
 その柔らかな光りの下(もと)、すぐ近くの空き地の一隅に、月見草の淡黄色の小さな花の群生が認められます。そのさまは、年々狭められゆく当地の自然界の、はかない抵抗の姿のようで…。

 きのう17日は当地では曇りがち、夕方は雨になりました。それと共に、前日までの暑さはウソのように単なる涼しさではない、秋冷がはっきりと感じられた一日でもありました。
 本日は朝から、うって変わっての大晴天でした。炎帝の勢い再び盛り返した具合の、日射しの強さではあるものの、季節の移ろいはもはや隠しがたく。昼過ぎ近所の通りを歩いておりましたら、今年初めての赤とんぼが一匹、とある駐車場の上をすいすい飛んでおりました。
 もっとも『なぜ一匹だけなの?』と、思わないでもありません。何しろ私の郷里・山形の田舎町では、うんと子供の時分には、秋の夕空を覆うほどに赤とんぼの群が飛んでいましたので。ただ少し同情的に類推すれば、今はまだ本式の赤とんぼのシーズンではなく、この一匹だけは「とりあえず人間界のようすを探って来い」と、赤蜻蛉界(あかとんぼかい)から偵察を仰せつかって来た斥候のようなものなのかも知れません。

 その他にも、秋を感じるものとしては。当住宅地の飛び飛びの田んぼも、今では一面の青田状態で、まだ青いものの立派に穂が稔っており、その丈の長さといいもう一丁前の稲穂といった感じです。また並木の桜葉群(はむら)に、既に黄色く色づいた幾葉かが認められたりします。
 時にまだまだ暑さに閉口しながらも、そこここに秋の気配が感じられるきょうこの頃です。

 (大場光太郎・記) 

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