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処暑

    けふ見れば露置く草でありにけり   (拙句) 

 きょう8月23日は、二十四節気のうちの「処暑(しょしょ)」に当たります。ここで先ず「二十四節気」とは何か?ということになりますが、これにつきましてはいずれ一文を設けたいと思います。ごく簡単に申せば、一年を二十四等分した区切りの日であるということです。 
 そのうちの一節気である処暑は、中国の古書に「処は上声、止なり、暑気の止息するなり」とあるそうです。つまり暑さが収まる頃の意味で、昼間はまだ暑い日が続くものの、朝夕は涼風が吹き渡る初秋の候をさしております。

 通常慣用的に「暑さ寒さも彼岸まで」と申します。日本の四季的実感からすれば、これは確かにその通りでしょう。しかし今年に限って言えば、上記の処暑の定義がそのまま当てはまるような、昨今の気候の推移となりました。

 当地では、一昨日の8月21日の夕方が大きな変わり目だったように思います。

 その夜7時を少し回った頃、厚木市内での所用を済ませて帰路につくべく車に乗り込みました。それまで晴れて暑かった空がにわかにかき曇り、という表現がピッタリの何やら怪しい雲行きです。案の定走っている間向かっている北の方向の低い空が、時々ビカッと大きく閃光しています。その辺りの暗雲が丸ごと夜空に浮かびあがるような怪光です。光りのまん中には、その辺の空を切りさかんばかりにギザギザな稲光り。それが断続的にピカッピカッ。やや間があって、ドドーンと雷鳴。にわかに雨も落ちてきました。それが例の中津川側道のころには本式に激しくなって、雷鳴も心なしかより大きくより近くなっているようで。『まさか、オレを標的にしてんじゃないだろうな』。車中という閉じ込められた空間で、時にそんな心細い思いもよぎりつつ。怪光、雷鳴、滝のような大雨という三重苦の中を、ほうほうの体でやっと我が家にたどり着きました。

 今年の当地は以前にもお伝え致しましたとおり、例年にもまして大気不安定な夏でした。特に夕方以降の雷鳴、大雨はしょっちゅう。珍しく停電が二回もありました。

 以来きのうは終日曇り。そして本日は昼過ぎ頃から雨となりました。おかげでそれまでの暑さは一気に収まり、涼しさを通り越して本当に秋冷といった感じです。

 午後近所を歩きますと、雨に濡れて風に吹かれて、つい先年整備された遊歩道の花々は早秋草の風情。道の辺の雑草の細長い葉には、雨滴が小さな白露となってびっしりと。名もない雑草さえかくも秋の趣き。そして草むらのどことも分からない所からは、何を訴えるのかか細い虫の声。

 なお冒頭の拙句の「露」は、秋の季語です。

 (大場光太郎・記) 

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『二十四節気について』
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_c386.html

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コメント

 台風15号の影響もあってか先週末くらいから曇りがち、25日は「雨降りみ降らず](雨が降ったり止んだり)の一日となりました。今頃の一雨一雨は暑さを和らげ、徐々に涼しさを加え、凌ぎやすい秋へと誘(いざな)ってくれます。そのせいか同日夜は少し肌寒さすら覚えるほどでした。

 なお今年の「処暑」も同じく8月23日だったようです。

 ともあれ1年365日を二十四等分した「二十四節気」は、季節の移ろいに敏感だった古人の知恵だったのだろうと思います。ともすれば季節感が失われつつある現代ですが、このような豊かで優れた知恵は努めて継承していきたいものです。

 23日から15日経つと次は「白露」、少しずつ秋が本格的になっていきます。

投稿: 時遊人 | 2015年8月27日 (木) 10時50分

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