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『赤毛のアン』読みました(1)

    こんなにたくさんの幸せが、
    毎日の中にかくれているなんて。

 この言葉をご記憶でしょうか。劇団四季・ミュージカル『赤毛のアン』ポスターのキャッチコピーでした。6月初旬、相鉄海老名駅の壁面でたまたま見つけたものでした。
 今年2008年は、カナダの女流作家・モンゴメリが『赤毛のアン』初版本を発刊してから、ちょうど満100年に当たるそうです。劇団四季の公演も、その記念行事の一環だったのかもしれません。(なお、同公演は既に終了しております。)

 その日の夜そのことを記事にし、その中で出来れば「原作を読んでみるつもりで、読んだら記事にします」とお約束致しました。次の日曜日有隣堂本厚木店に行き、買い求めたのです。それも新潮文庫と角川文庫の二冊あって、結局迷いながら両方とも買ってしまって。後で冒頭部分を読み比べて、活字の大きさや(60歳間近になりますと、これは大きな問題です)文章の読みやすさから、角川文庫の中村佐喜子訳の方で以後読み通しました。但し同文庫では、アンの名前は「アン・シャーリィ」ですが「アン・シャーリー」が一般的だと思いますので、この文中ではそちらの名前を用います。

 さていざ読み始めても、一気に…というわけにはいきませんでした。原則毎日数ページ、時には読めない日もあり。読了はつい10日ほど前でした。
 理由はいくつかあります。その第一は、私の場合(碧野圭著『辞めない理由』でも述べましたが)およそ小説を読むことからすっかり遠ざかっていることです。どうやら読書にも、ある種の慣性のようなものが必要なようです。

 遠い昔の、高校生の頃のことを思い出します。高1で私の進路は就職と決まり、以来学校の勉強などそっちのけ、何かに取り付かれたように一般読書に耽る日々でした。授業が終わるとほぼ連日図書館通い。例えば土曜日の授業が終わった午後には、特別に分厚い本を借りることにしていました。そして帰りの汽車の中で読み、帰って家で夜通し読み、次の日曜日は終日読み、それでも読み終わらなければ通学の車中や授業の合い間に読み。そうして読了し、夕方今度は文庫本の文学作品を借りてくる。
 そうして読んだ、『罪と罰』『赤と黒』『嵐が丘』『神曲』『二都物語』『父と子』…。今ではそれらの内容などは、全部といっていいほど忘れています。ですから、あの頃の読書体験は、その後の私にとって何の意味があったのやら?しかし、当時のその集中力に、今の私はただただ感心するばかりです。

 それに。言ってみれば『赤毛のアン』は、孤児のアン・シャーリーをヒロインとする少女小説です。このことも、遅々として進まなかった理由の一つかもしれません。これが例えば『十五少年漂流記』や『宝島』だったら、もっとはかどっていたのかもしれません。(いずれも小学生の時、少年版を読んだだけです。)    (以下次回につづく)     (大場光太郎・記) 

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