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秋分の日―彼岸花

    秋分の正しき没(い)り日拝みけり   (小原青々子)

 秋分の日のきょう、当地ではあいにくの曇りがちな一日でした。秋分の日はまた、「秋彼岸の中日」でもあります。「暑さ寒さも彼岸まで」と昔から言い習わされてきたとおり、確かに朝方は少し肌寒さを覚えるほどでした。しかし日中は曇りながら、徐々に気温が上昇し、少し汗ばむほどの暑さになりました。

 夕方4時過ぎ、外に出て空を見上げてみますと。それまでは全天分厚い雲に覆われていたはずなのに、いつの間にかその雲は見事に払われて、青い中空(なかぞら)にはウロコ雲が広がっていました。故知らず、懐かしさを覚える秋空です。
 既に西に傾いた日は、大山の上空を覆っているうす雲を透して、夕日となって厚木市街に赤い光りを投げかけていました。

 また昨今は、近くの桜並木を通りますと、葉群の何割かは黄色く色づき、その下道に朽ち葉となってかなり落ちています。「君が心の若き夢 秋の葉となり落ちにけむ」。『いや違う。そんなことはない!』と、打ち消しながら落ち葉を踏みしめて通ります。
 更に5月に『水田そして田植え』でお伝え致しました田んぼは、今はすっかり黄金色。稲穂が重く頭(こうべ)を垂れています。あの分ですと、刈り入れも間近でしょう。ただここ最近の風雨でだいぶ痛めつけられたようで、所々稲穂がベタッと倒れていて、何やら田全体が大波小波をうっていて痛々しい感じです。

    地霊(ちれい)の血吸いて咲きゐし曼珠沙華   (拙句)
 『そう言えば今年はまだ彼岸花を見てないなあ』と思っておりましたら。すぐ近所の空地の道近くの角辺りに、去年までは彼岸前にいつも律儀に咲いていたはずなのに。しかし何のことはない、私の記憶違いでした。咲いていたのは、今も残されている空地ではなく、その手前の、今年の春先にRパレスアパートに変わってしまった元空地の方でした。
 他の所、例えば上記の田んぼに面した道沿いにある、だいぶ古そうな小さなお地蔵さんの辺りには、本夕確認したところ、例年通り赤々とした彼岸花の群生が見られほっとしました。

 彼岸花(曼珠沙華)といえば、見ようによっては少し毒々しい赤い色です。上掲の拙句は、7、8年前そのさまを句にしたものです。
 以前、ある句誌の選者がある人の句に対して、「少し気持ち悪い句ですねえ」と評していました。そうすると私の上掲の句なども、さだめしその部類でしょう。もちろん俳句は「気持ちの良い句」であるに越したことはありません。しかし時には、自分が感じたままを素直に詠んでもよいのではないでしょうか?

 ところで。先日、仙人様のブログ「心の居間・Ⅱ」(ご覧になりたい方は、左をクリックのこと)で、『野の花』という記事を拝見してびっくりしました。横浜の三渓園内の野の花の、秀逸な数枚のお写真と紹介文です。そのお写真の中の、赤い彼岸花、萩、薄(すすき)は分かります。ところが、彼岸花の次の花。花の形状は彼岸花と全く同じなのに、花の色が「白」なのです。
 『えっ。こんなのあり?』。そこで同記事のコメントで、仙人様にその花のことをお尋ね致しました。その結果、「上の赤いのも、次の白いのも共に曼珠沙華(彼岸花)です」というご回答をいただきました。
 思えばこの地上は、本当に無数の驚きと不思議で満ち満ちております。この年になって、また一つ新しい発見をさせていただきました。
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 ご覧のとおり、当ブログ背景変えました。前からの『二木紘三のうた物語』ファンの皆様にとりましては、懐かしい背景であることでしょう。『うた物語』で、今年春頃使用していた背景ですから。確かこの背景の時に、『赤い靴』『「いちご白書」をもう一度』『故郷を離るる歌』などの傑作コメント(?)を発表させていただきましたので、私自身ひときわ懐かしい背景です。
 二木先生にご了解を求めましたところ、「どうぞお使いください」とのことでしたので、採用させていただくことに致しました。この「本を開いて」、来年の立春頃まで用いていくつもりです。少し長すぎますでしょうか?もし飽きてきましたら、どなたかコメントください。その時点で検討致します。

 末尾ながら。れいこ様。本日の『紅屋の娘』コメント拝読させていただきました。お母様の思い出につながる懐かしい歌だそうです。大切な思い出の歌ですね。
 またこの度、喜寿をお迎えになられたとのこと。心よりお慶び申し上げます。今後とも益々ご健勝で、「喜び」と共にお過ごしください。
 (大場光太郎・記)
 

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身辺雑記」カテゴリの記事

コメント

大場様
私宛のコメント、嬉しく拝見させて頂きました。大場様の名文は
毎日楽しみに読ませて頂いております。コメントも差し上げずに
失礼しておりますが、大場様の知識の深さを知るにつけ、ちょっと
私は恥かしくてコメントを差し上げることが出来ずにおりました。
ただ昔のことをあれこれと思い出しながら、そして自分の残された
日々のことを考えながらの毎日、そして今年ももう秋を迎えて
しまいました。房総の沿線も、コスモスの花の美しい姿が見られる
季節となりました。お元気な毎日を、いつも願っております。

投稿: れいこ | 2008年9月24日 (水) 07時13分

れいこ様
 早々とコメントたまわり、大変ありがとうございます。
 私の各文章決して名文ではありません。それに知識も決して深くはありません。ただ当ブログをお訪ねくださる方々のために、少しでもお役に立てる内容をと、日々無い知恵を絞って書いております。
 れいこ様には、日々お読みいただき、重ねて深く感謝申し上げます。御文を拝見するにつけ、文章の内容といい組み立てといい、益々矍鑠としたごようす、私も嬉しくなります。
  房総は今良い季節でしょうね。かの地に咲いているコスモスの可憐な姿、目に浮かぶようです。以前「コスモス」のことは記事に致しました。結局もらってきた種はうまく育ちませんでした。しかし地植えの近所のコスモスは、梅雨頃から開花し始め、今に至るも咲き続けています。今年の七不思議の一つといったところでしょうか?
 当ブログ記事につきまして、何か共感されたり、また御意に沿わなかったり…。遠慮なく、たまにまたコメントいただければ、幸甚に存じます。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月24日 (水) 11時38分

いやあ、なつかしい背景ですね。この落ち着いた色調のデザインは、私も気に入っています。ただ、九月も彼岸を過ぎたとはまだまだ残暑が厳しいせいか、衣替えにはまだ一寸早いかなあと言う気がしないでもありませんが。
 ところで『地霊の血 吸いて咲きゐし・・・』の御句、私はすんなりと受け止めました。素直な印象だと思います。そもそもこの花には毒があり、墓地に咲く不吉な花といわれてますからね。ということは、薬草でもあると言うことでしょうが。
 大場様は小津安二郎監督の『彼岸花』と言う映画はご覧になりましたか。婚期を迎えた三人の娘達と、その父親たちの心情を描写したものです。主役の有馬稲子が実に綺麗でした。
 我が家の周りはコシヒカリの水田ですが、もうほとんど刈り入れは終わっています。刈り終わった田んぼには、何羽ものシロサギやキジなどが集まってきていますよ。

投稿: くまさん | 2008年9月24日 (水) 17時56分

くまさん様
 今回の「本を開いて」。くまさん様より共感いただき、何より心強く感じられます。そうですね。当地も本日は少し暑いくらいの陽気でした。でも今さら「winter」にも戻せず。乞う、しばしのご寛恕というところです。
 拙句ご支持いただきありがとうございます。実は私も、当初はズバリ「先祖の血吸いて…」にしようかとも考えたのでした。しかしそれでは余りに露骨過ぎると思い…。「毒も変じて薬となる」。(多分誰の言葉でもないでしょうが)その辺が自然界の絶妙な摂理ですね。
 小津安二郎監督。私は黒澤明以上に評価していて、『東京物語』『早春』『晩春』などは観てきました。しかし『彼岸花』は残念ながら観ておりません。いつか機会がありましたら、是非観てみたいと思います。
 そうですか。「富山コシヒカリ(勝手な呼称です)」、もう刈り入れ終わっていますか。苅田に群がるシロサギやキジ。実に絵になる田園風景ですね。
 ところで、昨晩の『長崎の鐘』コメント、興味深く読ませていただきました。さすが私が考えているとおり、全コメンテーター中ピカイチの内容でした。私もかつて映画『長崎の鐘』『この子らを残して』印象深く観たことがあります。そして永井博士の御文も。ですから、いずれはこの歌に私も…、と思っておりました。でも今回のくまさん様のコメントにより、だいぶ先に延びそうです。
 てもそんなこと気にされず。今後とも畏兄のコメント楽しみにしております。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月24日 (水) 20時24分

大場 様
 小生の拙いコメントに対しまたも過分なお言葉、恐縮です。
しかしながら『長崎の鐘』のような大きく重い曲に対し、小生のあのようなコメントには内心不快に思われたり反発された方もあるかと思います。
 正直に申しますが、元来私は文章を書くのが大変苦手で、したがって遅筆です。書いた後で読み直すたびに、なんとまあ、ぎこちない文章であることよ、とガックリ来ることがほとんどです。それに引き換え、大兄の文章の創出パワーの凄いこと!
滾々と沸き出る泉のようですね。脱帽です。もちろん、その裏には不断の研鑽が隠されているのでしょうが。

投稿: くまさん | 2008年9月24日 (水) 21時22分

くまさん様
 確かにおっしゃいます通り、不快や反発を抱く人も多いかもしれません。ご存知の通り、私も『うた物語』に数多くコメントさせていただいております。そこで感じますことは、私が本当にこれは読んでいただきたいと願ったコメントほど(例えば『朧月夜』『浜千鳥』など)、皆様が逆に引いてしまった感じで、愕然とさせられたことが何度もあります。今でも、『コメントはホント難しいなあ』と痛感させられます。
 当ブログでも、今続行しております『空の鳥、野の花』、出来るだけ多くの方にお読みいただきたいと思ってスタートしました。ところが、このシリーズを続けていくに従って、訪問者激減です。
 察するところ、多くの皆様が欲してらっしゃるのは「軽い読み物」のようです。しかし、「かく言えばかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂(吉田松陰)」というほどの大げさなものではないですが。皆様のニーズにある程度お応えしながらも、自分の言いたいことは時には言わせていただく、というスタンスで今後とも参りたいと思います。
 それにまた、大兄などと(笑)。私は小学校4年頃から、作文が得意らしいことを自覚しました。人間何か一つくらいは得意なものがないと、とても生きてはいけません。
 そんな私から見ても、畏兄の文章は奥が深くて、毎度言いますが、いつも刺激をいただいております。気にせず今後とも、コメントして参りましょう。(という訳で、これからまた『宵待草』に、下手くそなコメントをするつもりです。) 

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月24日 (水) 23時46分

大場様
私も曼珠沙華は赤色だとばかりに思っていたのですが、昨日たまたま、家内と車で3~40分ほどの巾着田(埼玉・日高市)に初めて行ったら、白い花のも幾本かありました。
(巾着田はマンジュシャゲの群生地で、ウイークデイの昨日も相当な人出と車でした。)
紅色の花の絨毯の中に、たまに白いマンジュシャゲが咲いていると、かえって清楚な感じがして良いものです。
「地霊の血吸いて・・・」の御句も素晴らしいのですが、今度は清楚で白い曼珠沙華の句も出来そうですね。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月26日 (金) 11時05分

矢嶋様
 コメントありがとうございます。
 そうですか。曼珠沙華、きのう見てこられましたか。それも、赤だけではなく噂の「白い曼珠沙華」も。奥様と…というのが、何とも微笑ましくて更に良いですね。
 私もいつかこの目で、白い曼珠沙華見てみたいものです。そうすれば、何か拙い一句でも作れるかもしれません。(私は原則、そのものに実際間近に接して句を作る主義です。そうでないと、どうしても観念的な弱い句になってしまいます。)
 日高市も巾着田も、残念ながら知りません。最も私の所沢在住はわずか半年だけでしたので。ただその間方々を回って、神奈川よりは、まだずいぶん田園風景が残っているな、と感じました。また機会があれば、所沢も秩父も入間も巾着田も訪れてみたいものです。
 ところで矢嶋様も、最近『うた物語』コメントお目にかかっていません。大変淋しいです。ここのところ同「コメント欄」落ち着いてきました。皆様一つ一つのコメントや歌をじっくり聴ける環境が戻ってきました。畏兄の含蓄あるコメント、皆様お待ちかねだと思いますが。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月26日 (金) 13時26分

 先のくまさん様へのコメントの中で引用しました吉田松陰の歌、間違っておりましたので訂正させていただきます。正確には、

   かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂

でした。余談ながら、同歌の背景を。若い時松陰は、同志と二人で下田沖に停泊中のアメリカ船に乗り込み、米国への密航を企てました。しかし出航直前に発覚し、松陰らは捕らえられ江戸へ護送されることになります。その途中、高輪の泉岳寺(赤穂四十七士の墓があることで有名)を過ぎたあたりで詠んだのが、この歌だそうです。
 なお、本日未明確認しましたところ、この『秋分の日―彼岸花』が、ココログカテゴリー「日常」のディリー部門第4位にランクされていました。当初コメントいただきました、れいこ様、くまさん様そしてご覧いただきました皆様に、感謝申し上げます。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月26日 (金) 13時39分

 前回ブログの衣替えにはちと早いのではと申し上げた途端、何を抜かす、とばかり一気に肌寒くなりましたね。でも、おかげでだいぶ過ごし易くなりました。ただ台風15号の動きが気になります。
 ところで『かくすれば・・・』の松蔭の歌、私も大好きです。また『敷島の大和心をひと問はば・・』『身はたとひ武蔵の野辺に朽ちるとも・・』『親思ふ心にまさる親心・・』など彼の真情あふれる調べには、グッと来てしまいます。松蔭に限らず、維新に活躍した人物は本当に素直な良い歌を詠んでいますね。
 面白きこともなき世を面白く 住みなすものは心なりけり(高杉晋作)
 晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変はらざりけり(山岡鉄舟)
 我が胸の燃ゆる思ひに比ぶれば 煙は薄し桜島山(平野國臣)
 なんか、好きですねえ。
それと、明治天皇の御製を忘れてはいけません。有名な
 『あさみどり澄みわたりたる大空の 広きを己が心ともがな』をはじめ、
 『雲の峰高く聳ゆる高根にも 登れば登る道はありけり』など、気宇壮大、思わず姿勢を正したくなるような歌が沢山ありますね。

投稿: くまさん | 2008年9月28日 (日) 21時54分

くまさん様
 またまた大変貴重なコメントいうただき、大変ありがとうございます。ダブっているコメントと注記コメント削除致しました。
 本当に今夜などは少し寒いくらいです。いよいよ秋冷、身に沁む、そぞろ寒、やや寒、肌寒…の季節に入ったのかな、と思います。台風15号。きのうの段階では910ヘクトパスカル、風速60m/sと超大型で、どうやら日本列島を直撃しそうな勢いということでした。しかし本日は950ヘクトパスカルと勢力はやや弱まったようですが、以前列島を縦断しそうです。『どうか穏便に…』と願わずにはおれません。
 そうですね。ご披露いただいた歌の中には、知っている歌知らない歌とありますが、よく熟読させていただきます。やはり明治維新という大事業の立役者たちはそれぞれ、漢学、和学ともに豊かな教養を身につけていましたね。その伝統は明治以降、戦前の学生たちも受け継ぎ、例えばあの旧制一高生などは、年は若いものの今の並みの東大生よりもずっとレベルが高かったと言われております。
 人間そんなに能力的な差は無いはずですから、やはり目的意識の強さ、ひたむきに学問に打ち込む姿勢の差でしょう。それと、国民を強力に引っ張っていける明確な「国家ビジョン」があるか否かも、大変大きいと思います。
 最後に引用された、「あさみどり…」の明治天皇御製のお歌。だいぶ前に明治神宮記念館を訪れた時、ご直筆が展示されていたと思います。今懐かしく思い出しました。
 

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月28日 (日) 23時43分

この記事へのコメントは終了しました。

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