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偶成

        朱熹 (?)

  少年易老学難成    少年老い易く学成り難し
  一寸光陰不可軽    一寸の光陰軽んずべからず
  未覚池塘春草夢    未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
  階前梧葉已秋声    階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

                 (一部の漢字については新漢字表記としました)

   …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……

 《私の鑑賞ノート》
 朱熹(1130年~1200年)。南宋の思想家。朱子は尊号。宋代に始まった新しい儒学(宋学)を首尾一貫した体系にまとめ朱子学として完成させた。中国の明、清王朝をはじめ13世紀以降の朝鮮、そして江戸時代の我が国に多大な影響を与えた。

 朱熹の略歴をご紹介しました。そこで先ずお断りしなければなりません。明治の漢文教科書以降、この漢詩の作者は朱熹とされてきました。この私も、昭和40年代前半高校の漢文Ⅱでそう教わりました。しかし近年の研究の結果、どうもこの詩の作者は違う人物らしいということが解ってきました。今現在は作者不明という段階のようです。よって今回は、作者名に(?)を付しました。

 おそらく50代以上の世代で、この詩を知らないという人は皆無かと思われます。それほど広く人口に膾炙しております。この詩の中の「一寸の光陰軽んずべからず」は、この部分だけ独立してことわざとしてもよく用いられます。
 今さら、一々の解釈など無用だと思います。ただ、当ブログを訪問される方は、比較的年齢層の高い方々と推察致します。そこで、以下のことを述べさせていただきます。
 
 私は、今回改めてこの詩を読み返して思います。その発句の「少年老い易く学成り難し」に、『確かにそのとおり。高校3年でこの詩と出会った時、もっと強く肝に銘じておくべきだったよなあ』と。

 この詩を初めて学んだ18歳の紅顔の美少年(?)も、今では「既に秋声」を聞く年代です。本当に「光陰矢の如し」の感を深く致します。では我が前途に待ち受けているものは、もはや悲嘆と諦めだけなのでしょうか?私は決してそうは思いません。

 「何かを始めるのに、遅すぎるということは決してない」
いつか読んだ本の中の、誰かの印象深い言葉です。それより何より鼓舞されるのは、 「Boys Be Ambitious. (少年よ大志を抱け)」の、クラーク博士の次の言葉です。
 「人が何ごとかを成そうと思うのなら、身はたとえ老人であろうとも、心はボーイ(少年)でなければならない」
 (大場光太郎・記)

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名詩・名訳詩」カテゴリの記事

コメント

有名な朱熹の詩だと思っていたら、違うようですね。このところ漢詩には縁がないのですが、やはり良いものです。
クラーク博士の「身はたとえ老人であろうとも、心はボーイでなければならない」は、全く素晴らしい言葉です。ぜひ、そうありたいものです。
フランスの作家・アナトール・フランスの言葉に、たしか「人生の最後に青春があったら、人生はどんなに変わるだろうか」というのがありましたが、心はいつも少年のように春めいていたいものです。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月 6日 (土) 15時42分

 矢嶋様。本日は業務で動き回っており、つい今しがた帰ったものでお返事遅くなりました。
 若い頃は、ほっぽっておいても「若い軌道」が物事をどんどん前に運んでくれます。しかしある年代頃になりますと、その軌道がなめらかに前に進んでくれなくなります。
 そこでそれを自覚した時期から、出来るだけ円滑に進ませてくれる潤滑油のようなものがどうしても必要であるようです。私が例に挙げましたような、先人の「励ます言葉」もその一つかと思います。ご紹介されたアナトール・フランスの言葉も、なかなか含蓄ありますね。早速ノートに写させていただきます。
 とにかく人間幾十歳になろうとも、身心ともに若々しくありたいものです。
 ところで矢嶋様。本当は『辞めない理由』へのコメント心待ちにしていたのですが。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月 6日 (土) 20時11分

大場様 今晩は。
 そうですか、この詩は朱熹の作ではないのですか。またひとつ勉強になりました。この「偶成」、若いときはそうでも無かったんですが、歳をとるにつれて段々嫌いになってなってきましてね、いたずらに馬齢を重ねた今となっては、何ともホロ苦い詩となりました。楷前の梧葉すでに秋声・・・トホホ身につまされます。
というわけで今は専ら、佐藤一斎の言志四録の中のあの有名な「少にして学べば則ち壮にして為す処あり、・・・」を愛誦していますよ。
 最近のお気に入りは、「菜根譚」の中のこんな言葉ですが、いかがですか。
 
 日すでに暮れて なお烟霞絢爛たり。
 歳まさに晩(く)れんとして 更に橙橘芳馨たり。
 ゆえに末路晩年は 君子更によろしく精神を百倍すべし。
 (日はすでに没したけど、なお一層夕映えは光り輝き、
  一年も終わろうとしてるけど、なお橙橘は芳しさを失わないじゃないか。
  たとえ晩年になろうと、男なら一層精神に磨きをかけて、最後を美しく全うしようぜ。)

投稿: くまさん | 2008年9月13日 (土) 23時35分

 おっつと。佐藤一斎の『言志四録』、それに『菜根譚』ときましたか! いやあ、改めて各分野にご造詣が深くていらっしゃる。
 私の所蔵本の『言志四録』。久しく読んでいませんでしたが、ご引用の言にも勿論線が引いてありました。その他では短いところで、
 「憤の一字は進学の機関なり」
 「窮むべからざるの理なく、応ずべからざるの変なし」
などはいかがでしょう。それにしても、佐藤一斎が後進に与えた影響は大変なものがありますね。佐久間象山、勝海舟、西郷隆盛、坂本竜馬、吉田松陰…。すべて『言志四録』の愛読者だったらしいですからね。言わば、佐藤一斎は「明治維新」の陰の立役者の一人といったところですね。
 『菜根譚』の方は、「お噂はかねがね…」ですが、まだ読んでおりません。そこでご引用の言については、何とも申し上げようがありません。が、強いて言わせていただければ、『言志四録』で引用された、
 「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず」
と、あい通じるところがあるように思います。 

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月14日 (日) 01時57分

ご賢察の通り、私も菜根譚の「日すでに暮れて・・・」は、「老いて学べば死して朽ちず」と同じ意味だと思います。
 ところで今日は仲秋の名月ですね。大兄にはさぞや一句ありそうに思いますが、言志四録の中で一斎先生は面白いことを言っておられます。
 「人の月を看るは、皆徒らに看るなり。すべからく此処において宇宙窮まり無きの概を想うべし。」
つまり、月を見て発句や和歌もいいが、天文学(科学)の方面にも目を向けよ、というわけですね。佐久間象山のような弟子が生まれるわけですよね、すごいなあ。森鴎外が晩年、渋江抽斎のような江戸時代の儒者の事績に傾倒していった理由が分かるような気がしますね。

投稿: くまさん | 2008年9月14日 (日) 11時16分

くまさん様
 いやあ、大兄には参りました。そのような呼称は困ります。とにかくいつも畏兄のコメントにより、愚弟である私の惰眠を貪っていた脳細胞が、一気に目覚めさせられる思いです。
 『そろそろだなあ』と気にはなっていましたが、きょうが「仲秋の名月」でしたか。「名月」には芭蕉を始め先人に名句が数多くあり、私如きはとてもとても…と言ったところです。ただ前から名月には、当ブログで何か一文をと考えておりました。急ぎとりまとめ、その中で月の拙句をご披露したいと思います。早目にお知らせいただき、ありがとうございます。
 さすがは佐藤一斎の言。実に深いものがあります。何やら朱子以来の「窮理」の伝統が、ここでも生かされているように感じます。この言に接して、何の関係もありませんが、
  うつるとは月も思はずうつすとは
  水も思はず大沢の池  (読み人知らず)
という和歌を思い出しました。理想的な「禅の境地」として、引き合いに出されることがあるようです。
 とにかく。上古以来インドや中国などからどんどん外来の新知識を取り入れ、それを独自な文化や道や学問として開花させていく。それが実は鎖国状態の江戸時代の諸藩で、自然科学など各分野でも世界水準に達しかねないまでに結実していた…。明治以来西欧列強に伍して近代化出来た土台には、まさにそれまでの我が国の知的水準の高さがあったればこそ、の感を深く致します。
 森鴎外。10代の頃、わずかに『雁』や『高瀬舟』を呼んだのみ。『渋江抽斎』は最初のいかめしい書き出しを見ただけで、閉じてしまいました。これも『草枕』も『菜根譚』も、機会がありましたら…。矢嶋様とは『ファウスト』を読むと約束しましたし。『あヽ大変』。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月14日 (日) 13時42分

大場様
ご返事が遅れて申し訳ありません。「辞めない理由」についてはいろいろ検討しましたが、残念ながらテレビ化というのは無理だと思います。(テレビドラマのことは良く分かりませんが)
小生、テレビ局の単なるOBであって、元いた会社に対してはいささかも影響力は持っていません。
なお、テレビ局にはいくらでも要望は出せますので、これはと思ったものがあれば、各局にどしどし要望を伝えた方が良いと思います。それは全く自由ですから。(手紙でも電話でもメールでも、何でもOKです)
以上、悪しからずご了解ください。矢嶋より。9月17日

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月17日 (水) 10時41分

矢嶋様
 そうですか。『辞めない理由』のテレビドラマ化難しそうですか。脚本をうまく組み立てれば、けっこう感動的で面白い連続ドラマになるかな、と思ったのですか…。ともかく、ご検討いただき、ありがとうございました。
 例の「小泉改革」の頃、私は一時期各新聞、各テレビ局にどんどん抗議の電話を入れたことがあります。(特に、どんどん過熱報道していった「郵政選挙」の時) 天邪鬼な私は、小泉改革なるものに常にウサンくさいものを感じていましたので。就任時から退任まで、ただの一回も支持しなかった、私は極めて稀れな存在でしょう。小泉氏が変わり者なら、私も別な意味でやはり変わり者なのでしょう。
 今ではご存知のとおり、政治も経済も…どうでもいいとは思いませんが、いろんな動きがさほど気にならなくなりました。

投稿: 大場光太郎 | 2008年9月17日 (水) 12時50分

 昨年9月公開ですが、今回再掲載しました。この記事も定期的にアクセスのある記事の一つです。まさに「光陰矢の如し」がぴつたりの、時間加速化のこの時代。じっくり味わったみたい漢詩です。
 なお冒頭の「少年」とは子供の意ではなく、「年が少ない」つまり若者の意味となります。私は20代前半の頃、ある酒席でこの詩の下手くそな朗詠をしたことがあります。そうしましたら十幾つ年上の人が、「大場君は今でも自分を“少年”だと思ってんのかよ」と意外なことを言われ、酒の席で「実はその意味は…」などと講釈してもつまりませんし、途端に酔いがさめてしまったことがあります。

投稿: 時遊人 | 2010年10月 8日 (金) 01時53分

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