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レッドクリフ&三国志(6)-祈七星壇

 呉では大都督周諭の指揮のもと、魏軍との臨戦態勢が急ピッチで進んでいきました。
 そんなある夜周諭の陣営に一人の老将が訪れてきます。孫権の父孫堅の代から呉に仕え、多くの武勲を立ててきた黄蓋(こうがい)です。その黄蓋いわく、「魏の大軍を一挙に殲滅するには火攻めしかあるまい。どうじゃ、火攻めは?」。実は周諭もそれを考えていたのです。しかしそれには火付け役が必要です。投降と偽って魏の船団に近づき、最接近した頃合を見計らって一気に火を放つことが不可欠です。
 しかしこの計には失敗が許されません。生半可な人物には任せられない、今次大戦の行方を決する最重要任務なのです。それゆえ周諭は、その人選に苦慮していたのでした。黄蓋は、「その任務わしにお任せくだされ。最後のご奉公のつもりで完遂致そう」と言うのです。初めは功績ある老将にはと躊躇していた周諭を、黄蓋は「どうしても」と納得させてしまいます。こうして二人は、そのための計画を周到に練り上げます。

 ある日呉の武将たちが居並ぶ軍議の最中、黄蓋は周諭の方針に異を唱え、かつ痛烈に面罵します。周諭は激怒し、黄蓋の斬首を命じます。それに一方の大将である甘寧が代わって罪を詫びると、周諭は杖百打の刑に罪を減じます。
 衆人環視の中、黄蓋の細った老体に杖が容赦なく打ち込まれます。世に言う「苦肉の策」です。衆人の中には、魏からの偽りの投降者二名も含まれていました。それを承知でわざと泳がせているのです。彼らは、このようすを曹操に報告することを折り込み済みです。

 この事件後周諭は、かん沢という参謀を曹操のもとに密かに送り込みます。事の次第を話させ、黄蓋の投降の手筈を整えるためにです。当初は疑ってかかっていた曹操以下の魏の首脳陣も、かん沢の巧みな弁舌にすっかり信用してしまいます。こうして(旧暦)十月のある夜、夜陰に紛れて黄蓋が船でやってくる段取りも決まりました。

 このように決戦間近になるにつれ、両軍の諜報合戦は激しさを加えていきます。ある時曹操の密命をおびてしょう幹という魏の参謀が、呉に降伏勧告の使者としてやってきます。周諭はそれを逆手に取り、しょう幹を巧みにほう統という人物の庵に誘い込みます。
 この人こそ、「臥龍、鳳雛」として広く天下に知られた、孔明と並び称される鳳雛だったのです。ほう統も今次の大戦に当たり、呉の民を戦乱から救うために一肌脱ぐ肚を固め、事前に周諭と示し合わせ済みだったのです。それとも知らないしょう幹は、相手が天下のほう統と知り大喜びで貴賓として魏に連れて帰ります。

 ほう統は曹操の賓客となり、魏軍の練兵のようすなどをつぶさに見せてもらいます。その夜の宴席でほう統は曹操に切り出します。「貴水軍には船酔いや体力を著しく消耗させる兵士が多くありませんか?」。図星であることを曹操も認めざるを得ません。「それは長江の波高く各船の揺れが激しいからでござる。それを防止する良い方策がござるが…」。こう言われて曹操は、「是非とも先生のご高説をお伺いしたい」。
 そこでほう統が持ち出したのは、各艘を鉄板や鉄鎖で連結することでした。こうすれば各艘バラバラの場合より、揺れは遥かに緩和される上、各艘同士の上位下達もスムーズにいくと説くのです。
 これが火攻めを容易にするための「連環の計」とも露知らず、曹操以下感心しきりで、こうして魏水軍二千艘のすべてが互いに固く連結されることになりました。

 ところで周諭は、最近陣中で病に臥せっていました。周諭には大戦を前にして、大きな気がかりがありその心労のためでした。
 そこに魯粛に伴われて、孔明が見舞いに訪れます。孔明は周諭に言います。「大都督。私は、あなたの病が快方に向う処方箋を持っております。それをこれから書いて進ぜましょう」。そう言いつつ、次の言葉を示しました。
  欲破曹公宜用火攻  曹公を破らんと欲すれば宜しく火攻めを用うべし
  万事倶備只欠東風  万事倶(とも)に備う 只東風を欠く
 「大都督。これがあなたの病の根源でしょう」。周諭は今さらながら孔明の明察に驚嘆しながら、「いかにも。しかしいかな先生でも冬のこの時期に東風を起こすことは適うまいし…」。「ご案じ召さるな。お望みならばこの孔明、東南の風を起こして差し上げましょう。ついては、南屏山の上に七星壇を築かせてください。孔明一心を込めて三日三晩祈り、必ず天より風をお借り致しましょう。大都督は、東南の風吹き起こらば、それを合図に魏軍に総攻撃を掛けてください」。

 こうして孔明は斎戒沐浴して白い道服を着、素足のまま祭壇に昇り、三日三晩の祈りを開始したのでした。
 周諭は病たちまちに癒え、決戦の時を期して魏軍への総攻撃の準備に着手します。それと同時に、七星壇上の孔明を今度こそは亡き者にせんと、数百人の手勢に言い含めて南屏山を襲うよう密かに指示したのでした。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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