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レッドクリフ&三国志(5)-赤壁前夜

 かくて諸葛孔明は、魯粛の帰船に同乗して呉に向いました。折りしも呉の孫権のもとには、曹操からの恫喝とも思われる降伏勧告文書が届いており、いよいよもって帰順派が大勢を占める情勢でした。
 諸葛孔明を最初に待っていたのは、呉の講堂にずらっと居並ぶ張昭を始めとする帰順派の論客たちでした。堂に入るや否や、論客たちから矢継ぎ早に情け容赦のない舌戦を挑まれ、劉備や孔明自身への面罵の言葉や曹操を持ち上げる言辞などが舌鋒鋭く浴びせかけられます。それを、戦国時代の蘇秦や張儀などの名遊説家ばりの舌先三寸の弁舌で、次々に切り返していきます。最後は論客全員グーの音も出なくなります。かくて第一関門は孔明の圧勝でした。

 孔明は呉主・孫権とも直々に会談し、安直に帰順降伏することの愚かさ、劉備と連合すれば必ずこの難局は打開できることを説得します。一時は孫権もグラッと心を動かされますが、「敵は百万こちらはたかだか十五万、たとえ孔明が神でも勝てる見込みはありません」との、張昭らの執拗な抗議で再び動揺を来たします。
 ろくろく夜も寝られず食も喉を通らないほど懊悩している孫権を、国母である孫夫人が訪れて言うには、「内政は張昭に外交は周諭にというのが、兄孫策の遺言ではなかったのか。これほどの国難なのに、なぜにそなたは周諭に助言を求めないのじゃ」。孫権はハッと我に返り、早速鄱陽湖(はようこ)で水練に励んでいる周諭を引き戻します。

 周諭はその時30代前半、美周郎と言われた美丈夫。単なる武弁にとどまらず、弾琴もよくする風流人でもあります。「呉の二喬」と讃えられた、喬家の絶世の美女姉妹の妹の小喬を妻としています。
 周諭は邸宅に着いたその夜、帰順派、主戦派から交々訪問を受けます。どちらにも体のいい返事をして、「私の本心は明日の衆議の場で明らかにするから」と引き取ってもらいます。夜更けには孔明と魯粛の訪問も受けます。そこで孔明の巧みな弁舌、特に「曹操の南征の真の目的は二喬を得ることだ」と言われ激高し、開戦の意志を強固なものにします。

 翌日、呉の柴桑城の大室には、孫権を中心に文武百官がずらっと居並び、両派とも周諭の言明を固唾を呑んで待っています。周諭は決然と言い放ちます。「敵は遠征の疲れもあり、疫病も蔓延しよう。その上魏軍は陸戦ならいざ知らず、長江での水戦に持ち込めばこちらが断然有利である。背後から劉備軍が挟撃すれば、勝利はこちらのものである。魏の大軍何するものぞ !」。
 これで大勢は決しました。孫権はその決意を満場に示すために、やおら立ち上がって抜刀し愛用の机を両断します。「以後降伏を口にする者はこのとおりだ !」そしてその場で、周諭を呉軍大都督に、程普を副都督に、魯粛を参軍校尉に任命します。
 こうして諸葛孔明は、大きな使命を果たしたことになります。

 周諭は再び孔明に会い、事の次第を伝えます。しかし孔明はまだ一抹の不安を覚えています。「呉主は心の奥底から開戦を決断されたのか?彼我の戦力を比較して、なおお迷いなのではあるまいか。大都督自ら、再度呉主の本心を確かめていただきたい」。
 その夜更け周諭は孔明の助言どおり、孫権と面談します。その結果案の定、呉主はそれをなお気に病んでいることが分かりました。そこで周諭は改めて「勝利は確実です」と、念を押して孫権に断言します。
 帰り道同行した魯粛に告げて言うには、「孔明は本当にそら怖ろしい。人の心の奥底まで分かる、神のような人間だ。今のうちに始末しておかないと、呉にとって大脅威になるだろう」。魯粛は驚き、「理由もなしに賓客を殺めては、天下の笑い者ですぞ」と強く諌めます。

 しかし以来周諭は、ことあるごとに孔明に無理難題を押し付けてきます。しかし孔明は、その都度神算鬼謀をもっていともたやすく切り抜けていきます。その度周諭はますます孔明の叡智を恐れ、その殺意は深刻かつ陰険なものになっていきます。(なお今回の『レッドクリフ』では、孔明は周諭を兄のように慕い、意気投合して共に難局に立ち向かう設定に変えているようです。いかにも「ハリウッド映画的発想」ですが、『それはいかがなものか?』というのが、私の率直な感想です。)  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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