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暗いと不平を言うよりも…

   暗いと不平を言うよりも、
   すすんであかりをつけましょう

 この言葉、ご年配の方は、あるいはご記憶がおありかもしれません。私のあやふやな記憶によれば、昭和30年代半ば頃(いやそのもっと前から、そしてその後も長く続いたのかもしれませんが)、学校に登校する前の朝の時間に流れていたラジオ番組「ルーテル・アワー」の確か冒頭で、いつも決まって流されていた言葉だったと思います。
 確か女性の声でした。その頃は小学校高学年、当時唯一の娯楽といっていいラジオが、我が家にもたらされたばかりの頃でした。夜はもっぱら歌謡曲が流れてきましたが、さすがに一日の始まりである厳粛な時間には、このような格調高い番組も組まれていたようです。

 子供でしたから、同番組の詳しい内容のことなど、何一つ理解できません。しかしこの言葉だけは毎日のように冒頭で繰返されるので、いつしか覚えてしまいました。「ルーテル・アワー」という名の通り、何やらキリスト教関係の番組らしいということは子供ながらに分かりました。(今回少し調べましたら。提供していたのは、国際ルーテル信徒連盟の日本支部である「日本ルーテル・アワー」というプロテスタント系組織のようです。今は主に、インターネットでイエスの福音を伝えているようです。)
 その後キリスト教とはあまりご縁のない半生を歩んできた私にとって、この言葉は一体どれだけのおかげがあったのか。仔細には分かりません。しかしその後時たま、何かの拍子にふいに思い出すことがありました。

 現下は去年のサブプライム問題に端を発して、世界同時株安など株暴落が続き、それまで「いざなぎ景気越え」などと悠長に構えかつ堅調な経済状態でしたが、外需頼みの構造になってしまっている我が国経済はその煽りをまともに受け、各指標をみても分かるとおり一気に景気後退局面に入りました。そして更に追い討ちをかけるように、つい2、3カ月か前にはリーマンショックが襲いかかり、いよいよもって先行き不透明な金融不安に覆われています。
 そんな暗い局面の反映のように、秋葉原の連続殺傷事件やつい先日は小泉容疑者による厚生元事務次官殺傷事件が起きたばかりです。これらほど衝撃的ではないものの、嫌な事件はそれこそ毎日のように起きています。

 暗いといえば暗い世相です。しかしだからこそ、「暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけましょう」なのではないでしょうか。思えば、キリスト教の小難しい神学的なことを探求し論ずるよりも、このような小さくてささやかな「愛行為」の日々の積み重ねこそが、イエスのみ心に適うことなのかもしれません。

 それにイエス自身が述べております。「自分が蒔いたものを汝(なんじ)は刈り取る」。キリスト教のみならず、「原因結果の法則」「作用反作用の法則」「ブーメランの法則」は、知る人ぞ知る、普遍的な根本法則のようです。
 つまり自分が行った言動は、時間的タイムラグはあるものの、いつか必ず回りまわって自分にはね返ってくるということになります。(賢者ならぬ私にはよく分かりませんが)「賢者」とは、このような基本的原理を十分弁え知り、なおかつこのような法則から外れない日常行動の取れる人のことをいうのでしょう。

 そしてまたすべて物事には、二律背反的な側面があります。「陰極まれば陽となる」「ピンチの後にチャンスあり」etc. ある一つの出来事は明も暗も善も悪もない、本来はニュートラルなのかもしれません。要はその出来事を、どう解釈するのか、暗いと取るのか明るいと捉えるのか、それは各人の自由な判断であり解釈の問題なのだと思われます。
 どうせ何ごとかを感受し解釈せずには生きていけない人間であるのならば、見通しが暗いと思われる時ほど余計悲観も落胆もせず、物事の明るい面、良い面、光の面を観るよう常に心がけていきたいものです。
  
 (大場光太郎・記)

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コメント

 直前の『ツキを呼ぶ魔法の言葉』を作成しながら、だいぶ前のこの記事がふと思い出されました。
  暗いと不平を言うよりも、
  すすんで明かりをつけましょう
実に味わい深い言葉です。すべての人がこれを心がければ、この世の中はたちまち光明化されてしまうことでしょう。
 2012年の今年は「カオス」が予想される混迷の年です。どうしても起こるべき事は起きるのは致し方ありません。しかし暗い出来事は「すすんで明かりをつける」精神で、また日常のイヤな事には「ありがとう」で昇華して。出来るだけ明るいすがしい心でこの1年を乗り切っていきたいものです。

投稿: 時遊人 | 2012年1月 6日 (金) 07時32分

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