« 当世若者気質(2) | トップページ | 暗いと不平を言うよりも… »

群衆の一人として…

  この日一日せわしなく動き回って
  世間一般の終業時間に押し出されるように
  都会の片隅のビルの中から
  『ともかく一仕事終わった』と
  一安堵の吐息を漏らして外に出る
  だがそれもつかの間
  この時代は絶えず何ものかに急かされて
  気が休まる時がない。
 
  晩秋の日は早やとっぷりと暮れている
  歩く街路のビルの谷間の先の西空に
  一番星が明るく輝いている
  途方もなく隔たった
  六十五億人のたった一人である私と
  (多分あれは金星に違いない)遠くの星が
  一瞬ぴたっと一つに結ばれるようだ。

  元々の自然を一旦すべてチャラにして
  地面を舗装やビルで覆い尽くして
  少しは自然のことも景観も考えていますよと
  一般市民やおっかない自然界へのポーズで
  街路に飛び飛びに樹が植えられている。
  その街路樹が今葉を落とす季節だ
  時に舗道に散り散りの落葉を踏んで歩く
  (こんな一枚の葉にさえ結晶化している
  全宇宙の造化力を感じたことがあるだろうか?)
  落葉はその度故郷の野山でいっぱい
  踏みしめたのと同じくカサコソ音を立てる。
  
  鋪道を人も私も黙々と歩いていく
  本当に道行く人たちは寡黙だ
  それもそのはず赤の他人が奇妙な巡り合わせで
  たまたま同日同時刻この通りに居合わせ
  同じ方向目指して歩いているだけなのだから
  ただそれだけのことだから特別話す必要もないし
  互いに何か話しかける方がおかしいというものだ。

  こうしてただ黙々と歩いている人々を
  一くくりに群衆というのだろう
  そしてかくいう私も群衆の一員というわけか
  群衆はとにかく滅多なことでは声を発しない
  しかしこんな不条理な時代なのだから
  心の中はたくさんの愚痴や怒りや恨み言が
  逆巻いているんだろうなきっと
  想念だって実は生き物であるからには
  それらの想いは四方八方に放射されて
  大気中にどのような作用を及ぼしつつあるのだろうか。
  
  この世はタテ×ヨコ×高サの三次元立体世界なのに
  群衆ときたらこの世界を自在に天翔けることはできず
  アリのように気ぜわしく地の上を移動するだけ
  上からアリを眺める人間のように
  人間を眺めている存在がいるとしたら
  人間は地上に這いつくばって生きている
  アリのように見えているに違いない。

  我ら群衆は駅というとりあえずの座標原点を
  目指して一目散に歩き続ける
  原点から先はめんめめんめに電車に揺られて
  第一象限から第四象限まで東西南北ちらばらな
  それぞれの事情がいっぱい染みついた
  我が家という地点に散っていくのだろう
  駅という座標原点が0(ゼロ)としての
  本来の静寂を取り戻すのは
  オリオンやシリウスが天頂をだいぶ過ぎて
  西に傾く頃合だろう。

                   (大場光太郎)    

|

« 当世若者気質(2) | トップページ | 暗いと不平を言うよりも… »

」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。