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星の界への憧れ(3)

 仲良しだった二人は2学期から別のことで忙しくなり、私たちの天文部はいつしか自然消滅してしまいました。というのも、2学期が始まって間もないある時、学級全員を前にして担任の先生が「I君とT君は、山形東高等学校の附属中学校を受験することになった。その準備のため、放課後などは他の人たちとは別行動になる」と告げたからです。
 山形東高校は、山形市内にある県下トップの進学校です。彼らはその附属中学に進むので、その受験勉強で忙しくなると言うのです。

 当時は学区制が今より一段と厳しかったはずです。子供の感覚では遠い山形市の中学まで…、どんな特例によるものだったのでしょう。とにかく先生のこの告知をもって、二人とはいつしか疎遠になっていきました。『チェッ。オレとそんなに出来は違わないのになあ』。私は大いにがっかりしましたが、こういうことは子供の領分を越えた所で決定される、いかんともし難いことです。
 このことも、世の中の不条理の一コマとして、私の記憶に残ることになりました。

 ちなみに小学校卒業と共に、二人を除いた学年全員は地元の中学に、そしてI君とT君だけは予定のコースに。その後の彼らのことはよく分かりませんが、多分そのまま山形東高校に進み更にしかるべき大学に入ったのでしょう。
 ずっと後の風の便りでは、その後二人とも地元の町に戻り家業を継ぎ、大いに盛り立てているようです。

 かくて天文部の消滅と共に、私の天体や宇宙への夢もいつしか冷めてしまいました。
 地元の中学に入学した私は、一年生時の担任としてT先生と巡り会いました。私が中学に入学する3年ほど前、私の町から初めてFさんという東大生が出ました。初めてというより、我が町からは後にも先にもFさんただ一人です。小さな町ですから当時だいぶ話題になりましたが、中学時代のFさんを育て、東大受験に導いたのもT先生であることを入学してから知りました。私たちの奮起を促すため、Fさんが中学生の時からいかに非凡だったかを、T先生は授業の合い間に話されることがありました。
 そんなT先生は入学早々、私の有るか無きかの「才能」を見出し、今度は私を「作家」「小説家」に育てようと、(今にして思えば)本気でお考えのようでした。

 文学・小説の世界はどちらかと言うと、人間社会の複雑に交錯する綾に鋭くメスを入れ、その矛盾や不条理や葛藤を抉り取る作業です。T先生によって、少しだけ「文学開眼」させられた私にとって、人の界(よ)を遥かに超えた星の界は、いよいよ関心外になっていきました。
 私の半生の中で、T先生くらい私の乏しい才能を高く買ってくれた人はおりません。その意味で先生は、我が人生で一番有り難い恩師と言ってよい人です。『あの頃T先生の言うことをもっと真剣に受け止めていれば、今頃どうだったのだろう?』。期待を裏切り続けた罪滅ぼしと、せめてものお礼に、T先生のことを当ブログでと考えつつもまだ書けません。  (以下次回につづく)
 (大場光太郎・記) 

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