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星の界への憧れ(1)

 「二木紘三のうた物語」が新しくアップしました、『星の界(よ)』が大人気のようです。先週のアップと共に、同歌へのコメントが毎日引きもきらない状態です。かくいう私もつい昨日コメント致しました。一つは歌自体の持つ素晴らしさ、そして次には同歌によって触発される、ある懐かしさの感情の喚起が大きな要因なのではないでしょうか。
 
 二木先生も解説で述べておられますとおり、この歌は賛美歌としても使われております。実際二木先生も、『星の界』の歌詞と共に、賛美歌『いつくしみ深き友なるイエスは』の歌詞も併記しておられます。そのためコメントも、それぞれの歌詞についての思い出や感想に分かれるようです。
 私にとって『星の界』の方は主に郷里の子供時代の思い出、そして『いつくしみ深き…』の方は当地に来て大人になってからの思い出に結びつきます。今回の『うた物語』コメントは、そのうちの10代の頃の『星の界』についてでした。私は以前の『うた物語』での長文コメントの反省から、「なるべく短く」を心がけております。それで同歌コメントで触れられなかった、星や宇宙への憧れの思い出などを、今回は以下に述べていきたいと思います。
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 私の子供時代の「星の界」への関心は、郷里の星空と密接に結びついているように思います。もっとも私のみならず、子供時代全天に星を散りばめた夜空を眺めては、星々や宇宙への関心や憧れや神秘の想いを深くした方も多いのではないでしょうか。
 私もそうでした。昭和30年代山形の田舎町には、まだまだ町全体や各家庭に灯りが乏しく、夜ともなると空一面に星々の饗宴が繰り広げられているかのようでした。やはり子供たちが星や宇宙への素直な関心を持つためには、何よりも先ずそのような見事な星空が見られることが大切だと思います。

 当地(厚木市)のような一地方都市であっても、まるで町全体が不夜城のように、通りにはネオンや電飾看板で溢れかえり、それに加えてびっしり建て込んだ家並みからは漏れすぎる灯かり…。夜はいつまでも夜光都市のようにボーっと明るく、それに伴って夜空はうすぼんやりとした星が申し訳程度に輝いているのみです。
 それでも一等星は難なく見つけられるとしても、二等星(1/2×1/2=1/4。つまり一等星の1/4の輝度。三等星は1/9の輝度)以下ともなると徐々に見つけるのが困難になります。それはまるで星がぽつんぽつんと申し訳程度に散らばっている感じで、私が郷里で毎夜目にした星空とはあまりにも異質です。

 当厚木市は、私が来た昭和43年当初からそうだったようです(当時の人口は7万人弱。現在では約22万人)。
 今なぜそう思うかと言いますと。こちらに来た翌年6月下旬、私が20才の時、当時の友人二人で二泊三日の尾瀬への旅に出かけたのです。奇跡的に三日間とも晴天に恵まれた旅の思い出は、別の機会にとして、二日目に泊まった尾瀬ヶ原ロッジでの夜のことです。中にいても何もすることもなく、私たちはロッジの外に出てみました。ロッジから漏れくる覚束ない灯かり以外に灯かりは一切無し。辺りは本当に、太古さながらの漆黒の闇です。当然に夜空を眺めます。するとどうでしょう。全天に息をのむほどびっしり、はっきり、くっきりとした星空が広がっていたのです。
 私は郷里以来久しく忘れていた「本当の星空」を取り戻した心持ちがして、友と二人でしばらく星空を飽かず眺めていたのでした。  (以下次回につづく)
 (大場光太郎・記) 

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