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当世若者気質(3)-思い上がるな!植田佳奈

 以下は、本日の「ココログニュース」で見つけた新記事です。

 アニメやゲームで声優として活躍中の植田佳奈(28)が、自身が担当するラジオ番組で「問題発言」をして批判にさらされ、ネットで「祭り」が発生した、というものです。その問題発言の概略は―。
 
 電車内で座席の下に空き缶を置いたことを注意した「おっさん」に、植田が逆ギレした。
 植田はラジオ番組の中で、「このオヤジを―、社会的に抹殺とか、とにかく辱めて―、あいつが悪い方にさせるには、どうしたらいいかって考えたわけ」として、大きな悲鳴を上げ名誉毀損や傷害罪などにして、そのおっさんを社会的に抹殺すると、その方法を約5分間にわたって語り続けたというものです。

 問題の発言は、ラジオ関西で毎週土曜日25時から放送されている深夜番組『アニたまどっとこむstandardまるなげ♪』の、12月6日放送分で行われたものだそうです。
 放送直後から、ネット上では植田発言に対する批判が殺到し、ラジオ音源が次々とアップロードされた。これを聞いた人たちからも、植田に対する怒りの発言や抗議だけでなく彼女への擁護発言も寄せられ、たちまち祭り状態になった、というものです。
 (「ココログニュース―声優植田佳奈 おっさん抹殺発言で祭り発生」をかなり援用)

 以上が今回取り上げている「事件」の概要です。私はこれを読んで、何年か前報道番組でも取り上げられ話題になった、ある事件を思い出しました。
 それは朝のラッシュの電車内での出来事。大混雑の車内である女子大生が、周囲の迷惑などお構いなく、大きな声で携帯電話で通話していました。すぐ側にいた50代の会社員が、見かねて通話を止めるよう注意しました。(しぶしぶ女子大生はそれに従ったのかどうか、仔細には記憶していませんが)電車が次の駅に停車した時、注意した会社員を無理やり電車の外に連れ出し駅員室に連れて行き、「この人痴漢です!」と訴えたのだそうです。
 駅員たちはその言葉をすっかり信用し、警察に通報。会社員は痴漢の容疑者として即拘束、何日間か留置されたのです。
 その会社員は某社においてしかるべ地位もある人です。また痴漢の濡れ衣を着せられて、家族にも迷惑がかかりました。会社員は自身の名誉にかけて、こんな冤罪を絶対認めるわけにはいきません。彼女と徹底抗戦すべく裁判を起こしました。そして確か今年だったか、第何審かで晴れて「無罪」を勝ち取ったはずです。

 こういう問題、事件が起きるたび思うことは、今の若者特に若い女性の「思い上がり」ということです。「ジコチュー(自己中心的)」という言葉が一時ハヤリましたが、本当に彼女らの「アタシがこの世の中心なのよ ! だから何をやっても許されるの」という傲慢な態度を、私なども日常的に見かけます。
 彼ら、彼女らは、生まれた時から衣食住すべての面で何不自由なく育ってきました。更には今のテレビなどのコマーシャリズムが、ターゲットである若者たちにスポットを当て、過度に誉めそやします。我が国始まって以来、若者がこんなにもちやほやされ、持ち上げられた時代は他に無かったのではないでしょうか?
 彼らもすっかりその気になっています。自分と自分の利害関係の及ぶ範囲さえよければそれでOK。苦労知らずですから、人の痛みなどとんと分かりません。直接関係ない人への思いやりや周囲への配慮などは、著しく欠如しています。(但し若者全部がそうだと言うことではありません。)
 
 既に述べたことですが。私は船井幸雄という人を、今でも高く評価しています。船井氏はかつて『百匹目の猿』という本を著しました。全体的には大変良い本です。ただ一ヶ所、ひっかかる所がありました。それは、「百匹目の猿」のモデルとなった、宮崎県の幸島で、最初に海水にイモをつけて食べたのが、若いメスザルだった。ゆえにこれを敷衍して、今後この社会をより良い方向にリードしていくのは、若い女性だろうということです。『ホントにそうか?』。当時から、若い女性の傍若無人な所業に何回も遭遇していた私は、大変疑問に思いました。
 なお同著では、社会の変革に最後まで抵抗するのが、今回の一方の主役である「おっさん」たちだそうです。特に45歳を過ぎた男性諸氏は、従前の悪しき社会システムが骨の髄まで沁みこんでいて、変わるのが大変難しいそうです。これは私自身該当者として、当時も今も素直に『確かに』と認めざるを得ないところです。

 しかし、「若い女性vsおっさん」という対立図式で、いつも目の敵のように見られるのはいかがなものか。今の社会は、「長幼の序」がまるでひっくり返っています。若い者が異常に「高上がり」しています。そんな彼女らからすれば、年長者特に「おっさん」は、侮蔑すべき対象なのでしょう。女子高生が実の父親のパンツを洗濯するのに、箸でつまんで洗濯機の中に入れたということが話題になったのは、もう20年も前のことでしょうか。
     16歳できれいなのは当たり前で、自慢にもならない。
     しかし60歳を過ぎてもなおきれいだったら、それは魂の
     きれいさだから、私はその人を尊敬する。  (外国の誰かの言葉)
 
 今回の件は、『たかが空き缶一つで』と思われないこともありません。しかしそこは、人生経験を豊富に積み重ねてきた人の助言として、謙虚に耳傾けて。
 何せただ若いだけで、「経験」という人生最高の財産をまだそんなに保有していないんだから。それなのに、「社会的に抹殺せよ」とは、アンタら一体何様のつもりだ !

(追記) 「百匹目の猿現象」。以前当ブログでも取り上げ、その時「それについて記事にします」と申し上げました。それで少し調べた結果、『生命潮流』という大著でそれを発表したライアル・ワトソン教授が、そもそもの事実を意図的に改ざんした疑惑があることが判明しました。誤った記述に基づいて、その後「百匹目の猿現象」は一人歩きしてしまったわけです。よって、記事として取り上げるのは見合わせました。

 (大場光太郎・記) 

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コメント

今時のダメな奴等は教育がダメにした・・・・と言うなら、60年かけてダメになった教育なら、60年かけて直すべきです。
そんな奴の親の顔が見たい! 親もダメなのです。女子大生に痴漢です! と訴えられて、その訴えを何の判断も出来ないまま吸収する能力しかない警官、裁判所での判事のレベルと質、全てがダメな奴の親に共通している様な気がします。

投稿: 仙人 | 2008年12月20日 (土) 22時25分

仙人様
 コメントありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。
 戦後60年の「教育」を根本的に見直すべき時だと思います。私が他のコメントで述べたことですが、戦後特に「権利と義務」のうち、とかく自己の「権利」ばかりを主張する方向に向っていたように思われます。権利を主張するからには、それと表裏一体である「義務」もそれ以上にしっかり遂行すべきこと、これを私たち国民全体がもう一度再認識する必要があるのかも知れません。
 それと共に「教育」のバックボーンとなるべき、「精神」の必要性でしょうか。戦後はともかく物質的豊かさ第一主義で、社会全体が突っ走ってきた嫌いがあります。戦前の儒教的、教育勅語的「修身教育」が良かったとは思いませんが、それに変わる今の時代に昇華された「新精神教育」を、根本にすえる必要があると思います。

投稿: 大場光太郎 | 2008年12月20日 (土) 23時08分

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