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師走半ばに思うこと

    夕月の方に走りし十二月   (拙句)

 12月を古来「師走」と言い習わしています。昔の「師」と言えば、位の高い僧侶や○○道のお師匠さんといったところでしょうか。そのような人ならば普段の月は、泰然自若どっしり構えていられるものを、さすがに年の瀬ばかりは諸事に追われて慌しくあちこち走り回るということなのでしょう。

 現代において師は、「先生」と言い換えられることが多いようです。しかし当今は「先生」と呼ばれる人の何と多いこと !
 先生の呼称で先ず思いつくのは、何と言っても学校の先生です。教授、教師、教官。国立、公立、私立。大学(最近は大学院も決して珍しくありません)、高校、中学校、小学校、それに自動車学校や各種専門学校。全国に夥しく林立する学校で教える人たち全員を先生と呼ぶのなら、一体どれだけの数の先生がいるのでしょう?

 また何とか医大や国立何とか病院といった大病院のドクターから、各地域の開業医による町医院の医師たちも、おおむね「先生」です。そして専門によって、外科、内科、神経科、産婦人科、小児科、歯科、耳鼻咽喉科…。加えて町の到る処にある犬猫病院(さすがにここの人は、先生とは呼ばないか!?)。
 こうしてみると、全国津々浦々の大小病院にどれだけの先生がいることだろうか。(しかしそれでも、教師も医師もまだまだ不足気味のようです。)

 忘れていました。衆参両議院の国会議員の方々も先生です。県会議員や市会議員の人たちも、やはり先生なのでしょうか?
 そして何より。私は行政書士業を営んでおりますが、その他弁護士、公認会計士、税理士、司法書士といったいわゆる「士業」の人たちも先生と呼ばれることが多いようです。(かく言う私も、顧客の中小企業経営者や担当者から「先生」と呼ばれたりします)。
 弁護士や公認会計士は別格として、士業に携わる人たちも夥しい数に上ります。難関と言われる税理士でさえ全国に4、5万人、既に飽和状態です。ちなみに、我が行政書士は全国で約2万人余です。私が所属しております神奈川会は、東京、大阪についで多く、2千人以上が登録して日々しのぎを削っております。

 以上列記した以外にも、あちこちに隠れた先生はまだまだ大勢いることでしょう。
 「先生」というものは、数に限りがあってこそ、その権威が守られまた尊敬もされるものでしょうに。当今はかくも大勢の「先生方」がおいでになるわけです。
 中には大分県の教師不正採用事件や、教え子への淫行教師や盗撮教師、弁護士先生による詐欺事件、悪徳代議士先生による汚職事件等々、先生自らがその品位を貶めているケースもまま見受けられます。
 
 私も含めて、先生の「品質向上」のため、「先生の先生」が必要なのでは?と、師走の東京や横浜などを走り回りながらふと考えたことでした。
 (大場光太郎・記)

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