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十一月尽

    あたヽかき十一月もすみにけり   中村草田男

 十月が「たそがれの国」であるのなら、十一月は何と表現すればいいのでしょう。黄昏はとうに過ぎ、日は早やとっぷりと暮れた「今宵の国」とでもなるのでしょうか。
 当月三十日も一日一日が(私の感覚では)飛ぶように過ぎゆき、気がついたらきょうは末日です。

 そんな本日、当地は(きのう触れたばかりの)さながら小春日和の、良く晴れ渡った昼過ぎまででした。このまま暖かい日差しが続くのかと思っておりましたら、午後二時を過ぎた頃から一天にわかにかき曇り、全天の七、八割くらいを分厚い冬雲が覆い始め、雲の合い間から青空がのぞく程度の空模様に変わってしまいました。

 この季節さすがに関東南部で標高もさしてない当地でも、立ち木は紅葉しているのかどうかよく確かめる暇(いとま)もなく、かなり梢から葉を落としています。いよいよこれから本式な木枯らしが吹き荒れると共に、桜といわず欅並木といわず銀杏並木といわず、およそ落葉樹の類いは皆悉く葉を落とし尽し、殺伐たる裸木となって街並みで冬中さも寒そうにただ立ち尽くすのみなのでしょう。

 最近は、明るい時刻にいつもの中津川に立ち寄る機会がありません。しかし先週日暮れ前たまたま立ち寄った折りは、こちら側の堤防全体があれほど丈の長い雑草で覆われていたものを、いつの間にかつるんつるんの丸坊主のようにきれいに刈り込まれておりました。おかげで、三十メートルほど下流の大堰から数十メートル上流の橋の先まで、堤防全体が見事に見渡せます。しかし何か急に殺風景になってしまったようにも思われます。
 堰が切られて以来、くだんの鴨たちの姿は全く見当たりません。またその日は白鷺の優美な飛来もありませんでした。すでにかなり細った流れに、時折り小魚が表面に躍り出てきては、周りにひとしきり波紋を広げて、やがて穏やかな流れに戻る。ほうぼうでそんなことが見受けられるくらいなものでした。
 両岸の水際や中洲には枯れ葦群が広がり、何から何まですっかり冬ざれた川原の風情でした。

 あしたから十二月。いよいよ残すところ後一ヶ月です。師走というくらいですから、どなたも気ぜわしい日々を送られるかと思いますが。どうぞお風邪などひかれませんよう、十分お気をつけてお過ごしください。当月もご訪問いただき、大変ありがとうございました。
 (大場光太郎・記)

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