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星の界への憧れ(5)

 こうしてにわかにまた宇宙熱が昂じ、「二木紘三のうた物語」の『星の界』コメントで述べましたとおり、天体望遠鏡を買うまでになりました。高校2年の晩秋頃のことでした。
 東京の某社から送られてきた望遠鏡キッドを、実際自分の手で組み立てて望遠鏡を担いで野外に出て、三脚をしっかり固定しながら、いざ星空に望遠鏡を向けた時のワクワク感と言ったら !

 先ず驚いたのは、倍率が30倍、50倍、100倍と上がるにつれて、観測しようとする一つの天体、例えば月なら月の逃げ足が早くなることでした。『おい、ちょっと待ってよ』と思うくらい、望遠鏡の視界からどんどん外れていきます。その時改めて感じたのは、通常ではなかなか実感できなくても、『我が拠って立つ地球は結構早いスピードで自転してるんだな』ということでした。
 多分天体観測初心者の誰でもそうでしょうが、先ず最初に覗いてみたくなるのは、何と言ってもやはり月です。私もそうでした。そして写真などで見て分かってはいても、月の表面のあのクレーターがググッと間近に迫ってきた時は、本当に大感激でした。

 初観測の前に天文年鑑によって、予めその時見える惑星が何で、だいたいどの方角かくらいの予備知識は頭に入れていました。少し夜が更けていたせいか、宵の明星(金星)は既に西に沈んでしまっています。火星や木星もその時期は見られなかったようです。
 そこで次に探し当てて覗いたのが土星でした。最大100何十倍くらいの倍率では、そんなに大きくは見えません。しかし、土星のトレードマークである輪は、しっかり確認出来ました。確か人類史上最初に望遠鏡を使って天体観測を始めたのは、かのガリレオだったと記憶しています。そのガリレオでさえ、土星の輪にはびっくりしたようです。その時の私は、そんな「大偉人の驚き」にどれだけ迫れたことでしょう?
 そして次なる感激は、南の比較的低い空に、全天一の輝度をもって煌々とまたたくシリウスを覗いた時でした。知識としては分かっていても、『やっぱり一つ星ではなく、連星だったんだ』と確認できた時の嬉しさと言ったら !

 こうして夜な夜な、冷え込む外に出ては、あっちの星、こっちの星と観測し続けました。人によっては、それをキッカケにみっちりその道の学問を習得して、プロの天文学者の道を歩んだり。そこまではいかなくても、ますます「星の界」の魅力に取りつかれて、アマチュアの天体観測家として時に何とか彗星を世界に先駆けて発見して、時の話題になったり…。
 しかし私の場合は、それ止まりでした。しょせん私は理数系向きの人間ではなかったようです。望遠鏡を星空に思うさま向けたことで、私の宇宙への興味はほぼ燃焼されたもののようです。
 当時としては超高価な買い物であったにも関わらず、そのうちピタッと星空を覗かなくなりました。天文年鑑などを駆使して、根気よく観測に取り組んでみればいいものを…。もともと飽きっぽい性格の私は、次の深い観測レベルに進むことなく、ほんの初歩の段階で終わってしまったのです。(以後望遠鏡は一度も取り出すことなく、今でも青春の思い出として、当家の押入れ深くしまい込んであります。)

 高校を卒業して当地に来てからは、「星の界」への関心は更に遠のきました。唸りをあげて猛り狂う首都圏の厳しい現実に(と田舎者の私には実感されました)、「星の界への憧れ」も、更には諦めたようで心のどこかで持ち続けていた「文学への憧れ」も、共に木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったのです。
 そして30代前半頃からは、物質的なそれゆえどこか冷ややかで虚無的な「無窮の遠」にではなく、心の内面に広がる真に豊穣な「無窮の遠」への探求の方に、関心を見出すようになっていきました。そしてその探求は、今現在でも続いております。諸事飽きっぽい私ですが、この探求だけは決して飽きることがありません。  ― 完 ―
 (大場光太郎・記)

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