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田母神論文をめぐって(4)

 その後私自身遅まきながら、問題の田母神俊雄論文『日本は侵略国家であったのか』を読んでみました。その結果前回ご紹介した、田原総一朗が提示した6項目がおおむね同論文のポイントなのではないだろうかと考えます。
 『朝生』で各パネリストの面々がそれらの項目を巡ってどのような発言をしていたのか、まことに申し訳ありませんが仔細には記憶しておりません。そこでこれからは、同論文を直接読み込んで私なりに感じましたことを、以下に述べさせていただきます。
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 先ず田母神の論法からいけば、(1)我が国が相手国の了承を得ずにその領土に軍を進めたことはない。その結果当然に(5)我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣である。ということになり、(1)と(5)は同列に論じて構わないだろうと思います。
 その根拠として田母神は、「日清、日露両戦争などの勝利により、国際法上合法的に中国大陸に権益を得た」としています。確かに田母神の言うとおり、日清戦争後の下関条約において、当時の清国は朝鮮国の自主独立を認め、かつ遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲することを確約しています。(但し後にフランス、ドイツ、ロシアの三国干渉により、遼東半島は返還)。
 また日露戦争後のポーツマス条約において我が国は、満州南部の鉄道の租借権、大韓帝国に対する排他的領有権などを獲得しています。以来他国がよその国に進出するわけですから、田母神が述べているような美談ばかりではなく、一々列記できない軋轢やトラブルがたくさんあったことでしょう。ただこれは当時の西欧列強による植民地支配的構図からして、国際法上認められた我が国の権利だったのでしょう。
 
 しかし、その後の15年戦争の引き金となった「満州事変」以降はどうなのでしょう?その発端となった1931年9月18日の、関東軍による南満州鉄道の爆破(柳条湖事件)も、実はコミンテルンの謀略だったなどと言うんじゃないでしょうね?
 とにかく翌年「満州国」を建国し、日本国及び軍の行為は明らかに当時のいかなる国際条約にも準拠しない「侵略行為」となっていきます。当時の中華民国は、一連の日本軍の行為に対し国際連盟に提訴し、リットン調査団が派遣されることになります。(それが国際連盟脱退、日独伊三国同盟、太平洋戦争につながっていきます。)
 田母神論文では、そのことは一切不問に付しています。そして1928年の張作霖爆死事件や1937年7月7日の盧溝橋事件は、コミンテルンまたは中国共産党の謀略だったとして、その後の中国進出を正当化しています。結果満州国の経営に当たっては、現地の人々と相和して実に平和的、融和的に進められたと手放しで絶賛するのです。(なお、1932年には撫順郊外の平頂山村を日本軍が襲い、村民3千人余を虐殺した「平頂山事件」が起きています。戦後生存者が日本政府を相手取って裁判を起こし、我が国の最高裁判所も事件の事実を認定しています。)
 もしこの論文が日本国としての正式文書だと仮定したなら、それこそ中国政府は黙っていないことでしょう。必ずや小泉元首相の靖国参拝以上の二国間問題、場合によっては国交断絶にまでに発展しかねないのは明らかです。

 田母神は都合の悪い問題は伏せながら、ちゃんと予防線も張っています。(2)の蒋介石並びに国民党内部のコミンテルンの謀略により、日中戦争に引きずり込まれた、(3)ルーズベルト並びに同政権下のコミンテルンの罠により、太平洋戦争に引きずり込まれた、というのがそれです。
 これは『朝生』で森本敏が、「ルーズベルトがコミンテルンと関わっていたというのは正しい」と言うように、事実であったかもしれません。それにアメリカ首脳は我が国の真珠湾攻撃を事前にキャッチしていたのは、今では公然の秘密でもあります。また蒋介石国民党の場合も同じでしょう。
 しかしだからと言って、レッキとした主権国家が、戦争責任を「あっちこっちの国の謀略によって、うちの国は戦争に引きずり込まれたんだ。だから、当国は何も悪くなかったんだ」と主張して、国際的に通るのだろうか?こんなのはまるで「子供の論理」であって、お話にもならない屁理屈だと思います。

 それに兵法の基本書である孫子にあるではありませんか。「兵は詭道(きどう)なり」と。軍事や戦争とは、大昔からしょせんは「騙し合い」、今日的言葉で言えば「謀略戦、諜報戦」でもあったわけです。騙されて負けた方が悪い。これは戦争行為という非常時における常識なのではないでしょうか。同じ孫子には、「敵を知り己を知らば百戦危うからず」という言葉もあります。
 軍事についてはズブの素人の私でさえ知っている、これは基本中の基本でしょう。なのに結局当時の日本軍首脳部や為政者は、冷静な彼我の戦力、国力の分析も出来ない、そして諜報戦で後手後手に回り相手国に騙されっ放しの無能な指導者ばかりだった、ということなのではないでしょうか?
 それなのに、やはり「当国は一切悪くありません。侵略はしていません」ですか?  (以下次回につづく)     (大場光太郎・記)

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