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『天地人』第1回を観て

 久しくNHK大河ドラマを観ていなかったこの私が、今回『天地人』第1回目「五歳の家臣」を観てみました。これは他ならぬ同ドラマの主人公である直江兼続に大変興味を覚えていることと共に、ドラマ後半では確実に我が郷里もその領地の一部だった、米沢上杉藩が描かれるであろうからです。

 今回は初回とあって、100分くらいと長めでした。そして「初回でこの『天地人』に出来るだけ多くの視聴者を惹きつけよう」という、製作スタッフの意気込みがビンビン伝わってくるような感動作だったと思います。
 ただ導入部の、(多分史実ではないでしょうが)沢山の金砂袋の授与を拒み、豊臣秀吉と対峙する直江兼続の場面だけは、『やっぱり妻夫木聡の兼続役は力量不足だなあ』と率直に思いました。(もし今後も観続けるとしたら、『こんなもんでしょうがないか』と折り合いをつけなければいけません。)

 しかしその後は、『おっ。意外と面白いぞ !』という連続でした。
 ドラマの発端がいきなり、坂戸城(現新潟県南魚沼市)城主・長尾政景が、とある池に船を浮かべた酒宴の催しで溺死する事件から始まります。溺死した政景の肩には斬られた刀傷があり、同乗していた琵琶城(現柏崎市)城主・宇佐美定満が斬殺し、自分も溺死したというのが真相でした。
 今回のドラマでは隠していますが、仕組んだのは上杉謙信でした。謀略、謀殺は戦国の世の習いであり、独り謙信のみ清廉潔白ではあり得なかったのです。政景は一度謙信に反旗を翻し犬猿の中であり、その後政景が折れて謙信の軍門に下ったものの、二人は微妙な関係にあったのです。

 この時上杉謙信35歳。阿部寛の謙信役は面白いと思いました。戦(いくさ)のいでたちなどはいささか凝り過ぎているキライはあるものの、謙信のミステリアスな面そして狂気の面をよく演じています。登場間もなく、一瞬『あれっ。織田信長か?』と錯覚したほどでした。

 ともかくもこの事件はその後越後の国全体を揺るがし、当時10歳だった長尾政景の子・景勝(後の上杉景勝)や5歳だった樋口与六(後の直江兼続)の運命にも、大きく影響を及ぼしていくことになります。
 先ず景勝は、実の父殺害を仕組んだ叔父謙信の養子という複雑な立場となり、上杉藩を引き継いでいくことになります。そして直江兼続はその筆頭家臣として、終生景勝に仕えることになるのです。
 
 直江兼続は、永禄3年(1560年)樋口惣右衛門兼豊の嫡男として、坂戸城下に生まれました。父惣右衛門は炭焼き用人(ドラマでは高嶋政伸演じる「勘定奉行」に格上げしています)という小禄の無口な男で、母(演じたのは田中美佐子)は信濃の武将の娘でした。
 兼続は幼児から見るからに可愛くて、一を聞いて十を知る聡明な子供だったようです。兼続の幼少の与六役を演じた子役は、とても良かったと思います。いかにも利かん気で利発そうな兼続の幼少時代が十分出ていました。
 兼続を最初に見出したのはドラマと同じく、謙信の姉であり殺害された長尾政景の妻である仙桃院(演じたのは高島礼子)でした。

 第1回目の見所は何といっても終盤の、与六(兼続)が五歳で生家を出ることになる一連の場面です。仙桃院に見込まれた兼続は、その子景勝の近習として禅寺の雲洞庵で共に起居、勉学することになったのです。
 いずれは必ず誰もが直面しなければならない「親子の別れ」。それは人生上の大きな通過儀礼(イニシエーション)の一つですが、直江兼続の場合はわずか五歳と、余りにも早すぎたと思います。
 その一連のシーンは、どうにも涙なしでは観ることが出来ませんでした。そしてこのシーンによって、『今後観続けてもいいかな』という気持ちにさせられました。

 今後『天地人』を観ていく中で、重要な場面や感じ入ったシーンなどあれば、その都度また記事にしていきたいと思います。
 (大場光太郎・記)

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