« 寒川神社参拝記(3) | トップページ | 『天地人』第1回を観て »

七草のこと

    七草に綺麗な人とすれ違ふ   (拙句)

 きょうは七草です。今年は元旦以来晴天に恵まれました。とは言うものの、ここのところ朝晩は急に冷え込んでいます。そしてきょうは午前中からうすら寒い曇り空となりました。夕方には雲が払われてまた前日までの晴天になったものの、その分街に冷気が増し加わりました。

 さて七草は、どなたもご存知のとおり、1月7日の朝に七種の野菜が入った粥(かゆ)を食べる風習のことです。本来は「七草」と書いた場合は「秋の七草」を指し、正月のものは「七種」と書いて「ななくさ」と読むのだそうです。しかし近年では、正月のものも七草と書くのが一般的です。
 「春の七草」を刻んで入れた粥を「七草粥」といい、邪気を祓い万病を除くと言い伝えられてきました。そのような呪術的な意味ばかりではなく、御節(おせち)料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補う効能もあるそうです。

 そもそも七草の発祥は中国で、この日は「七種菜羹(七種類の野菜を入れたあつもの)」を食べて無病を祈る習慣があったそうです。我が国にも古くから伝わり、平安時代中期の格式である『延喜式(えんぎしき)』には、「餅粥(望粥-もちがゆ)」という名称で七種粥が登場するそうです。
 当時は七種の穀物だったものが、その後春先に採れる野菜を入れるようになったもののようです。当時の「春先」は旧暦の正月のことであり、現在の2月初旬頃にあたります。

    君がため春の野に出でて若菜摘む
    我が衣手に雪は降りつつ
 『古今集』中の名歌であり、また『百人一首』にも採られている光孝天皇のこの歌の「若菜」とは、春の七草のことを指すようです。また、
    せりなずな御形(ごぎょう)はこべら仏の座
    すずなすずしろこれぞ七草
よく知られているこの歌は、14世紀の南北朝時代に四辻の左大臣(よつじのさだいじん)が、源氏物語の注釈書である『河海抄(かかいしょう)』の中で、七草のことを記載したものが後年この歌となって広まったもののようです。
 この歌によって初めて、「春の七草」の七種の草とその読み並べ方が定着したと言われています。

 また七草のこの日を、「人日(じんじつ)」と言うこともあります。五節句の一つです。七草粥を食べることから「七草の節句」とも言います。
 古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていたようです。そして7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていたそうです。ちなみに人日は俳句でも、七草などと共に、正月7日を指す季語として現在でも用いられています。
 なお冒頭の拙句は、だいぶ前の七草の日の午後の、厚木の街でのことを詠んだものです。一地方都市である当市でも、時にはっとするような飛び切りの美人を目にすることがあります。

(注記) 本記事をまとめるにあたり、フリー百科事典『ウィキペディア』の「七草」「人日」などの項、『季節の花 300』の「春の七草」を参考にしました。
 (大場光太郎・記)

|

« 寒川神社参拝記(3) | トップページ | 『天地人』第1回を観て »

雑記」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。