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私の歴史観-(特別寄稿)

 私なりの歴史観を少々披瀝させて下さい。
 私は、自国の歴史について正しい理解や認識を持つということは、取りも直さず自分の国を愛する、大切にするということだと思っています。一昨年の春、金沢の街を歩いていたら、シドニーから来たという老夫婦の観光客と話す機会がありました。その日は休日だったので、金沢城や武家屋敷など案内してあげたのですが、歴史の浅い国から来た彼らにとって伝統的なものへの憧憬は、我々の想像する以上のものがあります。それ以前にやはりこれと同じ経験を、アメリカ人との場合にもしております。
 日本人が真の国際人になるためには、日本人としての確固たるアイデンティティを持つ必要がありますが、そのバックボーンとなるのは、やはり長年に亘って培われ練り上げられてきた伝統ということになろうかと思います。
 私は、神社や仏閣など物理的な伝統だけではなく、今なお書店の一画に奈良や平安時代の古典文学のコーナーが必ず設けられていることの重要性を強調したいと思います。21世紀の日本に生きる我々が、今なお「春は曙 やうやう白くなりゆく山ぎは少し明かりて・・・」と諳んじられる幸せを、「行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず 淀みに浮かぶうたかたは・・・」と諳んじられる幸せを今一度噛み締めたいと思います。そしてたとえ死を目前にしても「風さそふ 花よりもなほ 我はまた・・・」と詠ずる精神を大切にしたいと思っています。すぐれた武将であった直江山城守は、あの第一級の文化人細川幽斎とも対等に渡り合える教養人でもあったといいます。我々が彼に惹かれる理由の一つがここにあります。
 (くまさん・記)

 (注記) 
 このたび当ブログ記事『「天地人」について(1)』に、くまさん様が上記のような素晴らしいご所見をお寄せになりました。これは一コメントとして閉じ込めておくのは、あまりにももったいありません。よって、当ブログ記事として公開させていただくことに致しました。
 皆様、くまさん様のご造詣深い歴史観そして文章、じっくりご観賞ください。
 (大場光太郎・記)

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