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私の歴史観(4)

 「『天地人』について(2)」への、矢嶋武弘様のご感想の第二弾を、以下に公開させていただきます。
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 「あまりに荒唐無稽なもの以外は大目に見ても良いのでは」と先に述べましたが、基本は出来るだけ史実に忠実であるべきだと思います。例の兼続と信長の場面は、先にも述べたように「やり過ぎ」だと考えます。ただし、あれで兼続(さらには、その背後にいる謙信)と信長の信条の違いがはっきりと分かったということでしょうか。
 概して自信のない脚本家や演出家が、あえて史実を捻じ曲げることがあると思います。面白く見せようという魂胆ですが、それも見る側の個人差で許容範囲が違ってくるでしょう。
 本当に自信のある脚本家だったら、史実に忠実であっても興味深く見せる技量を持っていると思いますが。

 それよりも、時代によってドラマの作り方が大きく違ってくる方が問題ではないでしょうか。
 例えば、戦前であれば足利尊氏は“逆臣”であり悪い奴となっていたはずです。しかし、尊氏が悪くて、新田義貞や楠木正成が“忠臣”であり善人だと決めつけて良いのでしょうか。大いに疑問です。戦後のドラマではそんなことはありませんが、時代や体制によって人物像が大きく変わる可能性があります。脚本や演出以前に、その方が大きな問題です。
 しかし、われわれ人間はその時代の体制や常識などに拘束されているため、ドラマ自体がその時代を“反映”するものと理解した方が良さそうです。
 戦前よりは戦後の方が良いと思いますが、例えば女性の扱い方、見方も大きく変わったはずです。戦国時代に女性があんな言い方、あんな動作をするはずがないと思っても、現代人はそれをあまり疑わずに受け入れてしまう所があるのではないでしょうか。これも厳密に言えば史実とは違いますが、時代状況によってそれが自然に受け入れられるということでしょう。ドラマもその時代を“反映”するものだと思います。
 (矢嶋武弘・記)

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