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第22回・サラリーマン川柳

 9日に、恒例の「サラリーマン川柳コンクール」の入選100句が発表されました。これは第一生命保険の主催により、毎年全国から応募された川柳の中から優秀句を絞り込んでいくという催しです。今回は第22回目で、21,455句の応募があったそうです。
 今回の100句を更に絞り込むために、3月13日まで「私が選ぶサラ川ベスト10」を実施。第一生命webサイト上でお気に入りの1句を投票することができます。その結果は5月中旬、webサイト及び小冊子「第22回サラリーマン川柳傑作300選」にて発表されるそうです。

 ちなみに、前回(第21回)までの歴代第1位の10作品を、以下に最近の順からご紹介します。後の固有名詞は雅号です。
    
    「空気読め ! ! 」 それより部下の 気持ち読め ! !     のりちゃん 
    脳年令 年金すでに もらえます                満33歳
    昼食は 妻がセレブで 俺セルフ              一夢庵
    オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る           反抗妻
    「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません ! 」     ごもっとも
    タバコより 体に悪い 妻のグチ               ―小心亭主
    デジカメの エサはなんだと 孫に聞く           浦島太郎
    ドットコム どこが混むのと 聞く上司           ネット不安
    プロポーズ あの日にかえって ことわりたい       恐妻家
    コストダウン さけぶあんたが コスト高            四万十川 信彦
    
 読んでいくと、時々の世相がたどれそうです。さすがにその年第1位作品ともなると、川柳の精髄である諧謔、風刺、エスプリの効いた傑作ぞろいですね。中には笑いながらも、『待てよ…』と笑った顔がひきつりそうな、ブラックジョー句(?)もあるようです。しかし「笑いは神聖なり」。ネガティヴ極まりないと思われる事象も含めて全部笑い飛ばせるのが、真の諧謔精神なのかもしれません。

 今回の作品の何句かは既にテレビなどで紹介されていますから、ご存知の方もおいでかもしれません。出口の見えない深刻な不況の中、そんな暗い世相を反映した切実な句が多かったようです。
 その中でも特に私の印象に残った作品をいくつか、簡単なコメント付きでご紹介してみたいと思います。
    
     三ツ指を ついてた妻は つの三本       悲しい夫
    ぼくの嫁 国産なのに 毒がある         歩人
    妻からは いつも低額 交付金          毎日が酔曜日
 いずれも夫婦生活の実相(?)を詠んで秀逸です。長引く不況下、男どもはますます元気をなくし、逆に奥さん方が「頼りない亭主の分も !」ということなのでしょうか。「男の威厳今いずこ」といったところです。今の世の中夫婦関係のみならず、相手を思いやる心、理解する心、敬う心の欠如が、あらゆる人間関係の根底にあるように思います。

    まだ来ない…カネは天下を まわるはず   ブリ大根
    バラ撒きを 批判しつつも 待ちわびる    複雑な庶民心
    金融危機 慣れたものです 我家では     読み人知らず
 いやあ、確かに 。 皆々そのとおり。それぞれが当今の世相を実によく読み込んでいます。
    子供らに また教えてる 総理の名      ゆきこ
    篤姫に 仕切らせたいな 国会を       玲子命
 共に、今の政治状況の痛烈な批判ですね。「百年に一度の危機」と、政治家の先生方は口では言いながら、緊張感なくだらけて有効な打開策も打てないありさまで。この先本当にこの国はどうなるのでしょう !?
    崖の上? いいえ私は 崖っぷち       中級な人
 映画『崖の上のポニョ』は、昨年の邦画、洋画部門を通して最大の興業収益を挙げました。ポニョなら絵になるけれど…。政治的無策が続きますと、このような切実かつ深刻な人たちがこの社会に溢れかえることになります。

 ところで「サラリーマン川柳」と並ぶ毎年恒例のイベントに、「今年の漢字」があります。こちらは、当ブログでも既に紹介しましたとおり、昨年末「変」に決まりました。
 それを主催する財団法人・日本漢字能力検定協会(京都市)が、奇しくも「サラリーマン川柳100選」が発表された9日、文部科学省の立入り検査を受けました。同協会は税制上優遇されている公益法人であるにも関わらず、検定事業で毎年数億円以上の利益を出した上、大久保昇理事長(73)やその親族が役員を務める企業に、3年間で約66億円もの業務委託費を支払っていた等の問題によるものです。

 そこで最後に、私の拙い川柳を―
    主催する 協会いちばん 「変」じゃない?   変人二十面相
 どうもお粗末でした。  
 (大場光太郎・記)    

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コメント

この第一生命の「サラリーマン川柳」は、私も毎年楽しみにしているファンの一人です。思わず噴出したり、ニンマリしたり、身につまされたりと、本当に秀逸な作品が多いのに驚かされますね。笑いは何より心のゆとりの証しですし、ウイット、諧謔は知性の閃きです。それにつけても痛感するのは、日本の政治家に見るこの方面での素養の乏しさです。国会での答弁のやりとりにも、いま少しこの精神がほしいところです。麻生太郎氏のお祖父さんなどは、英国仕込のウイットがありましたね。私は川柳も好きですが、狂歌や都々逸も大好きです。(シブ過ぎますか!)
ところで今日、北陸でも春一番が吹きました。春といえば、私の大好きな蜀山人のこんな狂歌があります。
 『 早蕨の 握りこぶしを振り上げて
     山の横づら はる風ぞ吹く 』
また、毎週土曜日のNHKラジオでやっている「織り込み都々逸」という番組も好きでよく聞きます。ちなみに、私の一番好きな都々逸はこれです。
  『 あきらめましょうよ あきらめました
      あきらめ切れぬと あきらめた 』(都々逸坊扇歌)

大場様は都々逸のほうはいかがですか?

投稿: くまさん | 2009年2月13日 (金) 22時00分

 私は都々逸や狂歌はさっぱりです。
   三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい
 高杉晋作が好んで口ずさんでいたという、この歌は狂歌でしたか、都々逸でしたか?
 俳句も川柳も都々逸も狂歌も。元をたどれば皆々「和歌」に行き着くのでしょうね。ですから、一つにこだわらずに満遍なく探索してみると、人生の諸相が一段も二段も味わい深いものになるのでしょうが…。
 ところで高校時代、太田蜀山人の逸話を少し聞きかじったことがあります。蜀山人は、若い頃から読んだり人から教わったりして、心に残った言葉を亡備録としてこまめに記録し、ために後に博覧強記を賞賛されたとか。
 くまさん様の博覧強記も、かなりのものです。大いに刺激になります。
 

投稿: 大場光太郎 | 2009年2月13日 (金) 23時29分

「三千世界の烏を殺し・・・」は、七・七・七・五の形式を踏んでいますから都々逸ということになります。
川柳で思い出したのですが、昨年の12月にベルギーの新首相に選ばれたヘルマン・ファンロンバウという人は、俳句をたしなむ風流人という一面をもつ、という報道記事を眼にしました。俳句といってもオランダ語のベルギー風「ハイク」らしいのですが、こんな句(?)が紹介されていました。
『 髪と風 何年たっても風はある 残念ながら髪はない 』
これはハイクというより「センリュウ」というべきでしょうね。

投稿: くまさん | 2009年2月14日 (土) 10時09分

 「三千世界の…」は都々逸でしたか。それにしても気宇広大な内容ではあります。たかだか六尺にも満たない肉の身でありながら、「心的体」は無限大に広がっている感覚ですね。
 俳句は今や「HAIKU」。国際的な拡がりをみています。東欧圏では特に盛んなようです。しかしどうしても「言語」の壁が立ちはだかります。日本語であるがゆえに、五七五の表記ができるのであって、他の言語ではそれは適わないわけですから。西洋などの原詩を邦訳する際の、隔靴掻痒の感をぬぐえないのです。
 「俳句の精神」の何たるものかさえ理解してくれていれば、「俳句もどき」でも「川柳もどき」であっても、致し方ないと思われます。
 

投稿: 大場光太郎 | 2009年2月14日 (土) 12時56分

 前回東欧の国ではHAIKUの愛好家が多いという言及をされましたが、そのことで思い出したことがあります。もう10年程も前になりましょうか、NHKで旧ユーゴスラビアから独立したボスニア(だったと思います)で勃発した内乱についての特集番組が放送されました。それまで仲良く暮らしていたムスリム系・セルビア系・クロアチア系の住民が民族や宗教上の対立からお互いに反目し合い、コミュニケーションが全く途絶えてしまいました。そのとき唯一彼らを結びつけることが出来た糸が、HAIKUでした。銃撃戦の合間でも句会による交流があったのです。撮影をゆるされた或る会員の家の戸棚の上に、大事そうに芭蕉の肖像画が飾られているのを観た瞬間、私は言いようの無い感動に打たれました。それは私に俳句というものの力を再認識させてくれた瞬間でした。
 それ以来、言語の違いという致命的な壁を超えてなにか普遍的な力が俳句の中にあるのではないか、それは一体何なのか、俳句というものをここまで魅力的な詩の一形式として確立した松尾芭蕉とは一体どんな人だったのか、また俳句をあえて「第二芸術」と言った桑原武夫先生の本当の意図は何だったのか等々、考えるようになった次第です。
機会があれば、大兄の所感なりとまたご披露いただければと思っています。

投稿: くまさん | 2009年2月14日 (土) 21時45分

 くまさん様。大兄などとまたまた…(苦笑)。
 そうですね。俳聖・松尾芭蕉のことなど、少しでも俳句をかじっている者として、何らかの見解を示さなければなりませんね。しかし今すぐとはいきません。少し(あるいは大いに)お時間をいただきたいと存じます。
 ところで、畏兄の今回のご所見また示唆に富む優れた内容です。申し訳ございませんが、当記事の前のコメントとうまく(下手くそに)編集して、明晩か明後日に公開させていただきたいと思います。なお勝手ながら、タイトルは『私の所感』シリーズとさせていただきます。
 どうぞご了承ください。

投稿: 大場光太郎 | 2009年2月15日 (日) 00時04分

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