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バレンタインデーのこと

 きょう2月14日はバレンタインデーです。そして今や、バレンタインデーといえば=チョコレート。皆様はチョコレートを幾つもらったでしょう?また幾つ上げたでしょう?
 
 ちなみに、いただく方の立場である私は「ゼロ」です。それは何も今年に限ったことではなく、10年以上サッパリです。最後にもらったのは、今から12年前。当時20代前半のある女性からでした。3月14日のホワイトデーには、私もきちんとお返しをしました。
 以来久しく蚊帳の外です。ですから、私くらいこの日を語るのにふさわしくない者は他にいないかもしれません。しかしそれを承知で、無謀にも何とか。

 ここで「バレンタインデーの起源」について、ご一緒におさらいしてみましょう。
 バレンタインデー(St.Valentine‘s Day)は、2月14日に祝われ、世界各地で男女の「愛の誓いの日」とされてきました。その歴史は、古代ローマ帝国の時代にまでさかのぼります。
 当時ローマでは、この日は女神ユノの祝日で、ユノはすべての神の女王にして家庭と結婚の神とされていました。また翌2月15日は、豊年を祈願するルペルカルア祭の始まる日でもありました。祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていました。翌日男たちは桶から札を1枚引きます。引いた男と札の名の娘は、祭りの間中一緒にいることと定められていました。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、結婚したそうです。

 さてローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由から、ローマでの兵士の婚姻を禁止しました。その時のキリスト教司祭だった「ウァレンティヌス(英語名:バレンタイン)」は秘密裏に兵士を結婚させましたが、発覚し捕らえられ処刑されてしまいました。
 処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれました。バレンタインはルペルカリア祭に捧げる生贄(いけにえ)にされたのです。
 こうしてキリスト教では以来、この日は祭日になり「恋人たちの日」となったというのが一般的な説のようです。
 しかし今日のバチカンでは、バレンタインの実在を疑問視しており、ためにカトリックではこの日のウァレンティヌスの記念日は除外されているそうです。

 ヨーロッパなどでこの日は、男女を問わず、花やケーキ、カードなどさまざまな贈り物を、恋人に贈ることがある日だそうです。また欧米では、日本で見られるホワイトデーの習慣はありません。なおこの日に(他の贈り物と共に)「チョコレート」も贈る習慣は、19世紀後半のイギリスで始まったもののようです。
 しかし女性がチョコレートを贈る習慣は、日本で始まったものです。それも最初は意外にも戦前の1936年(昭和11年)。神戸某洋菓子店が国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出したのが最初のようです。但しあまり売れなかったとか。

 やはり習慣化されたのは戦後で、1960年(昭和35年)森永製菓による大々的な新聞キャンペーンにより、以後日本の文化として定着していきました。そして現在では、我が国のチョコレートの年間消費量の2割程度を、この日1日で消費するといわれているほどの「国民的行事」です。
 そして皆様先刻ご承知のとおり今や、新たな愛の告白のみならず、既に交際中の恋人、既婚の夫婦、上司や同僚、ただの友人と広がっています。さらにはすっかりおなじみの「義理チョコ」、女性から女性に贈る「友チョコ」、逆に男性から女性に贈る「逆チョコ」…。なお逆チョコも、森永製菓が仕掛け人だったようです。

 以上、にわか仕込みのこの日のことを駆け足でみてきましたが。要はチョコレート1個が、日頃言えなかった愛の告白のキューピット役をしてくれたり、今後とも互いの人間関係がスムーズにいってくれるのだったら、こんな良いことはないわけで。
 本当は(チョコレートを1個ももらえない者のひがみからか)、その陰にある商業主義をこきおろそうかと思っておりました。しかしそれによって当事者たちが「パッピー&パッピー」なら、他の者がとやかく言うことでもありません。

 それと。今の若い人たちは、男女関係がすごく滑らかで自然体ですね。それに与え方も、受け取り方もとてもスマートです。当今の教育は悪い悪いと言われるけれど、この点は私など年配者が大いに見習うべき点だと思います。
 (本記事は、フリー百科事典『ウイキペディア』の「バレンタインデー」の項を参考、引用してまとめました。)
 (大場光太郎・記) 

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