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早春賦

          作詞:吉丸一昌、作曲:中田 章
 
 1 春は名のみの風の寒さや     3 春と聞かねば知らでありしを
   谷の鶯歌は思えど            聞けば急かるる胸の思いを
   時にあらずと声も立てず         いかにせよとのこの頃か
   時にあらずと声も立てず         いかにせよとのこの頃か

 2 氷解け去り葦(あし)は角(つの)ぐむ
   さては時ぞと思うあやにく
   今日もきのうも雪の空
   今日もきのうも雪の空

 …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 立春(2月4日)はとうに過ぎたけれども、それは暦の上のことだけで。この時期は、突如暖かくなったかと思えばまた冬に逆戻りの寒い日となり、冬とも春とも決めかねるモラトリアムな季節です。『早春賦』は、そんな今頃のことを歌った歌です。
 立春頃から3月上旬頃まで、ふと何気なくこの歌のワンフレーズを口ずさんでいる―ある一定以上の方なら、そんな経験がどなたもおありなのではないでしょうか?
 ともかく。詞も曲も、早春の雰囲気をあますことなく伝えている、叙情歌の名曲です。

 その歌から現在住んでいる土地(たとえそこがどこであろうとも)、あるいは北または南の故郷のことが懐かしく甦ってくる。そういう普遍性が、叙情歌の名曲にはあるように思います。
 その意味で、早春といえば『早春賦』。その後作られた早春の歌で、この歌の右にでそうな歌は思い浮かばないほど、この季節を代表する名曲です。

 私のこの歌の思い出として―。
 高校2年の3学期、ちょうど今頃か少し先の季節。雪深い山形のこととて、長井市の外れの(校歌にも歌われている)「早苗(さなえ)が原」にある校舎の周りは、まだ一面雪に埋もれていました。
 音楽の最後の授業で、クラス全員一人ひとり前に出て好きな歌を披露することになりました。音楽の先生は当時50代の女性教師で、若い頃は東京で活躍されていたという名物先生でした。前の週、この先生からその旨提案があったのです。

 当時も今も大学進学を目指す場合、高校2、3年は「音楽」という余計な授業など、ないのかもしれません。私の高校も一応進学校でしたが、当時は高2から進学コース5クラスと、就職コース2クラスに振り分けられ、私は後者の方でした。そのおかげで、高校2、3年でも、引き続き音楽の授業を受けられる恩恵を与えられたのです。
 
 余談ながら申せば。高校時代は、人生の中で一番多感な時期です。その中で、たとえ大学進学のためであろうがなかろうが、その期間「音楽教育」を受けないというのは、余りにも大きな損失だと思います。
 『シューベルトのセレナーデ』『嘆きのセレナーデ』『モスクワ郊外の夕べ』『別れの曲』『アフトン川の流れ』『ソルベーグの歌』『花の街』等々。多感な情操を刺激され、その後も長く印象に残ることになる歌の数々は、皆この時期に教わったものです。
 これらの歌は、その年頃に習うから意義があるのであって、30代、40代になってから新たに聴いても、その頃のような沸き立つ情感はまず得られないと思います。

 …男子は特に、当時流行っていた『二人の世界』や『霧の摩周湖』などを歌った者が多かったように思います。そんな中私は、大まじめでこの『早春賦』を歌ったのでした。その頃この歌を、高校で習った記憶はありません。あるいは中学校で既に教わっていたか、自然に覚えたかのどちらかです。
 おそらく。東北の遅い春を待ちわびる気持ちと、当時17歳だった文学少年の心情に、この叙情歌はぴったりフィットする歌だったのだろうと思います。

 (『早春賦』のmp3演奏は、『二木紘三のうた物語』でお聴きになれます。また『シューベルトのセレナーデ』以下『二人の世界』までの曲も同様です。)
 (大場光太郎・記)

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コメント

 高校時代最後の音楽の授業で、生徒にジャンルを問わず自分の好きな歌を歌わせるとは、なんとも粋な先生ですね。こういう先生は大好きです。殆どの男子学生が流行歌を歌うなかで、ひとり大兄が「早春賦」を歌われた情景が瞼に浮かんでくるようです。いかにも大兄らしい。先生はきっと内心うれしかったに違いありません。最も多感な高校時代に音楽教育は欠かせない、というご意見は良く分かります。 
 私が学んだ高校も一応進学校ということで、入学の当初から芸術科目として音楽、美術、書道のうちどれか一つを選択することになっていまた。私は何を勘違いしたのか書道を選択したのでが、その結果ますます字が下手になってしまいまた。でも高校時代で一番印象に残っているのがこの書道の先生です。全教師の中で唯一鼻髭を蓄えた一風変わった方でしが、実に味のある先生でした。私は書く方はさっぱりでしたが、王羲之の蘭亭叙とか虞世南の孔子廟堂碑、我が国の三筆・三蹟・・・そして良寛の書!私が書の美しさを知ったのもやはり高校時代でした。

追伸
先の「おくりびと」の拙文をUPされた折、青木新門氏のHPへのアクセスの便宜のためにわざわざリンクの労をとっていただき、ありがとうございました。

投稿: くまさん | 2009年2月26日 (木) 22時47分

 やっぱり私が想像していたとおり、進学の場合「音楽」は必修科目ではなくなるようですね。その中で「書道」を選択するあたりが、いかにもくまさん様らしい !
 実際の書の上達具合はともかく、結果良き指導者にめぐり合い、王義之や蘭亭叙更には三筆などの名筆に開眼できたのですから、大収穫でしたね。良寛さんの書、いつかNHK教育で披露していました。我々凡人からすれば『下手なんじゃないの?』と思われても、真の審美眼のある人が観ると生命感躍動する天衣無縫の書体らしいですね。
 私の場合は「音楽」。何曲かは『うた物語』でコメントしましたが、それぞれ命の深いところで感動を覚えた、多感な頃の懐かしい思い出です。
 ところでくまさん様の名前が強く印象づけられたのが、昨年の『早春賦』コメントでした。『いやあ、この人はなかなかやるなあ。もう少ししたら早春賦と思っていたのに、見送りだな』。本当に見事なコメントでした。

 おかげ様で『「おくりびと」・感想』だいぶ好調です。11時15分現在、同記事アクセス数ざっと51,2。あしたの各カテゴリ「ディリー」上位ランキング入り間違いないでしょう。また青木氏ホームページご訪問の人も、けっこうおられるようです。
 なお私は都合により、今週は観にいけそうもありません。しかしこれだけ注目を浴び始めた映画ですから、更にロングランになることでしょう。本当に余裕のある時に、じっくり観ることにします。 以上「大兄」などはとんでもない、「愚弟」より

投稿: 大場光太郎 | 2009年2月26日 (木) 23時43分

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