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『天地人』について(6)

 NHK大河ドラマ『天地人』は今、前半のクライマックス「御館(おたて)の乱」の真っ最中です。我が郷里(山形県東置賜郡)の昔々の領主にあたる上杉家の、深刻かつ凄まじい内乱です。世が世なら「面白い」などとは言えない話です。しかし今日あくまで歴史ドラマとして観ている分には、大変興味深いものがあります。

 視聴者の多くがそう思って観ているようです。というのも、それを示すかっこうの指標があるからです。以前『天地人について(3)』でご紹介しましたが、グーグルにおける「天地人 おもしろくない」の検索フレーズがそれです。その時点ではグーグルの同検索フレーズは57万件余もありました。それが今回改めて調べたところ、5万7千件余と約10分の1にまで減少していたのです。(なおグーグル同項目のトップ面上から4番目に、『天地人について(3)』が載っています。)
 やはり戦国ドラマには迫真の戦乱絵巻こそふさわしい。その緊迫した場面を中心にテンポ良くストーリーを展開していく。そうすれば私たち視聴者が飽きたり、つまらなく感じることはない。この検索件数の推移からみてもそう言えそうです。

 また『天地人について(3)』において、今回の『天地人』では主人公の直江兼続役の妻夫木聡をはじめ、その弟・与七役の小泉孝太郎、石田光成役の小栗旬など、今大人気の「イケメン俳優」を並べすぎていると指摘しました。そしてそれが、直江兼続など各登場人物の人物像にマッチしていない(すなわちミスマッチである)と批判してきました。(なお私は、イケメン俳優を締め出せなどと言っているのではありません。適材適所。彼らは現代ドラマなどでいくらでも活躍の場はあることでしょう。)
 この点でも私と同意見の人がおられるようです。ある人の同記事訪問の際の検索フレーズが、その時の当ブログのアクセスランキングに載りました。それは痛烈なものでした。
   天地よ イケメン贔屓の世よ 幾久しく豊かなれ !!

 以前ならば「イケメン」いわゆるハンサムボーイ、美男子は、映画俳優など特殊な世界ならともかく、一般社会でそれが有利に働くことはあまりなかったと思います。かくいう私も若い頃は多少はハンサム、美男子の部類だったと思いますが(自分のウヌボレ以外に、人からそう評されたことが何度かありますので)、それが私自身の実感です。
 男は外見よりも中身。当時の上げ潮経済の状況から、ズバリ「仕事がどれだけ出来るか、出来ないか」。それが世の中の価値判断の第一の基準だったと思います。
 第一印象の良さで、女性には少しはもてたかな?というのはあります。しかし女性にとって最後は「男は顔じゃないよ。心だよ」、『この人ホントに私をずっと大切にしてくれるかしら?』という内面の問題。あるいはズバリ生活力、経済力の有無に帰着するものと思います。
 しかしこれらは、ある意味まっとうな価値判断であったように思われます。

 そのような社会通念が打ち崩されていったのは、何といってもテレビという視聴覚特に「視覚」に強力に訴えかけてくる装置が、メディアの主体となったことが大きいと思います。私の世代ではあまりよく分かりませんが、アイドル歌手、ジャニーズ系、国民的美少女…。内面的評価は度外視して、すべては外見的な見てくれの良さに価値基準がずれていったように思います。
 初めはテレビの送り手側が仕掛けたこと。しかしいつしかそれを国民視聴者も受け入れ、求めていきそれが昂じると、良いお年のご婦人方が大挙して韓国にまで「ヨン様」を追っかけていく始末。嗚呼、「イケメン贔屓の世よ。幾久しく豊かなれ !! 」。

 さて今回(第12回)は「命がけの使者」。既に御館(おたて)に本拠を移し、春日山城を包囲し持久戦をもくろむ上杉景虎(玉山鉄二)の軍。対して春日山城に立てこもり、兵糧が尽きかけている上杉景勝(北村一輝)の軍。既に戦いは長期戦です。
 今回は主君・景勝軍の窮状を打開すべく、単独で桑取部落に援助を願いに行く、直江兼続の姿が描かれました。桑取は謙信が春日山を守る最後の要(かなめ)に据えた村。しかしこの半農半兵の者たちは一筋縄ではいかぬ連中。兼続は桑取の主・斎京三郎右衛門らに取り囲まれ、険悪な空気の中命がけの説得を試みます。
 この場面、兼続役の妻夫木聡はよく演じていました。これは素直に評価したいと思います。
 (大場光太郎・記)   

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