桜あれこれ
「花冷え」と語り人過ぐ夜道かな (拙句)
昨26日は、あろうことか当地では雪がぱらつきました。春だというのに小寒い一日。その春冷をきょうも引継ぎ、朝方はまるで冬に逆戻りしたかのような寒い朝となりました。
しかし午前も9時を回った頃から、少しずつ日差しが射してきて、それとともに春本来の暖かさを取り戻してきました。
私は本日業務上の所用で、当居住地からあちこち飛び回りました。この季節どうしても目がいくのは、萌え初めた自然のさま、なかんずく桜の開花のようすです。当厚木市近辺の桜の開花状況は、おおむねやっと一分咲きといったところでしょうか。
そんな中で昼過ぎ頃、隣町の伊勢原市のとある所の一本の桜が目に止まりました。その桜は、他の桜に先んじて二、三分咲きくらいで花が咲いていたのです。
私は近くの路上に車を停めて、その木の近くに寄ってしばし見入りました。かくも桜というものは、私たち日本人にとって、何と訴求力の強い花であることか。思わず知らずぐいぐい惹きつけられ、ついつい見上げ、見入ってしまいました。
その時分春の日は燦々と輝き、その陽光を浴びて開花したての、ほんのり紅みをおびた白い花びらたちの、何と初々しいこと。なにやら、えもいわれぬフローラの香気をまとったような花々のようすでした。
午後3時過ぎ、既に日は翳(かげ)って曇りがち。これも隣町の愛川町に向うべく中津川沿いの道を走っていました。川沿いの平らな河川敷に、桜並木が続いています。ここの桜は当地標準でまだ一分咲き程度。しかし並木の切れる辺りの場所で10人弱くらいの人たちが、気の早いことにお花見をしていたらしく、お開きにして青い大きなビニールシートをたたんでいる光景を目にしました。
また夕方4時過ぎ頃、例の相模川側道の「母の最後の花道」を通りました。2、300m続く桜並木は、全体が幾分ぼうっと赤みがかっているものの、やはり一分咲きくらい。ここの桜が満開になれば、例年恒例のとおり今年も必ずまた通ることでしょう。
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久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらん
(『古今集』紀友則)
この歌の「花」とは、いうまでもなく桜のことです。「桜」はなぜこんなにも、日本人の心にフィットしまた心揺さぶり妖しく心高ぶらせるのでしょう?(以下はまったく私の独断を交えた考えです。)
「花といえば桜」ということになったのは、平安時代以降のことと言われています。それ以前の奈良時代の代表的な花は、梅でした。だから『万葉集』で梅は歌われても、桜はほとんど出てきません。この切り替えに一体何が作用したのでしょう。決定的なのはやはり「仏教の無常観」だと思われます。さらに平安期、その仏教思想から我が国独特な考え方として「もののあはれ」が貴族たちの間から生まれていきます。おそらくこの考え方に、開花時期が短くまるで散り急ぐかのように一斉に散ってしまう桜が、平安貴族のもののあはれの美意識にマッチしたものなのでしょう。
敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山さくら花
(本居宣長)
国学の巨星・本居宣長(もとおり・のりなが)以降幕末の志士たちの頃になると、この歌のように、桜に対する考え方は大いに違ってきます。今度は桜の散り際が、大和魂の潔さに結びつけられていったのです。
「もののあはれ」と「大和魂の潔さ」と。平安朝以来連綿として続くことになった、日本人の「桜信仰」のようなものは、こうして幾重にも積み重なって醸成されてきました。それは、ユング心理学でいう「民族的集合意識」となって、膨大に集積されてきたもののようです。親から子へ、子から孫へ…。言わず語らずとも以心伝心的に、桜を見れば日本人なら誰でも共通のあるイメージが喚起される、そう言えそうです。
現在日本各地に見られ、今や「これが桜だ」ともいえる桜は、染井吉野。これは江戸末期江戸の染井村(現在の豊島区)の植木屋が売り出し、そこから急速に全国に広がった、比較的新しい桜です。片や平安貴族が愛でた奈良県吉野村に代表される桜は、山桜。こちらの千古の吉野の桜は、近年病害虫に荒され絶滅の危機に瀕しているようです。また染井吉野の方も、山桜ほど強い品種ではないため、そう長くは続かないと言われています。
意外にも私たちのこの時代は、「花=桜」という、平安朝からの共通意識の変換時期を迎えているのかもしれません。
(大場光太郎・記)
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