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私の所感(5)

 日本人の自然観の変容という問題。大場様は鋭いところに着眼されましたね。私はあまり現代小説や詩を読む方ではないので断定的なことは言いかねますが、たしかに従来のような「自然描写」は少ないように思います。その理由として、経済成長にともなう土地開発や道路の拡張などによって豊かな自然が破壊され、ライフスタイルも欧米型・都市化型が主流となって身近に自然を感じる環境が大幅に減ったことが挙げられると思います。その結果として小説や詩の題材もいきおい人事が中心となり、自然描写を挿入する必然性が減少したということかもしれません。たとえば、三島由紀夫などは樹木や草花の名前をほとんど知らなかったと聞いています。それでもあれだけの作品を書けたのですね。
 
 そこへ行くと島崎藤村はえらい!やはり出自が木曽馬籠宿本陣の息子だけのことはあります。自然に対する感受性が豊かですね。因みに私が俳句を高く評価するのも、わずか5・7・5の17文字の中に、必ず季語という自然を取り入れなければならないという日本ならではの発想を堅持しているからです。そしてこの感性は今や全地球に必要なものになりつつあります。

 ところで藤村といえば、いつか大場様が「うた物語」の中の或るコメントで彼のことを「ただものではない」と言っておられましたが、私も全く同感です。優れた詩人として出発し、次に「破戒」や「家」、かの問題作「新生」といった自然主義小説を確立し、ついにはあの大作「夜明け前」ですぐれた文明論を展開したわけです。
 これは私の独断ですが、明治維新というものの真の姿を理解するためには、この小説は最良のテキストとなるのではないかと思っています。彼はすぐれた文明批評家でもありました。随筆でも実に良いものがあります。「三人の訪問者」という文などは、一読後しばらく動けませんでした。
 漱石・鴎外を国民的文豪というのであれば、詩人・小説家・文明批評家それぞれの分野で一流であった藤村も加えなければ片手落ちという気がします。それと日本ペンクラブ初代会長としての功績も忘れてはいけませんね。
 (くまさん・記)

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