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私の所感(4)

 今回『千曲川旅情の歌』における「自然観」をめぐって、くまさん様より大変有意義な問題提起をいただきました。これは現代に生きる私たちも、ゆるがせにしてはいけない問題です。そこで、皆様の自然についての考察の参考にと、記事として以下に公開させていただきました。
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 英雄は英雄を知る如く、詩人もまた詩人を知る。この名詩についての大場様の評論を拝読してつくづくその思いを強くしております。『憂愁の早春賦』、まさに至言だと思います。ただ、大場様はこの詩を従来の日本的な自然観ではなく、西洋型の対立的自然観に拠っていると評しておられるようですが、私は必ずしもそうは思いません・・・。
 伝統の束縛から脱皮し欧化を目指そうとしながらも、そこに真の平安を見出せずに格闘し苦悶した明治の知識人たち。それはたしかに文明の変革期に特有の通過儀礼でした。その苦悶はしかし、平成の世に生きる私たちの心のどこかに、今なお引きずっていると言えないでしょうか。
 (くまさん・記)
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 くまさん様。『千曲川旅情の歌』の文に対し、過分なご評価をいただき恐縮に存じます。
 「自然観」について、一言釈明させていただければ。確かに島崎藤村の場合、必ずしも「西洋の対立的自然観に拠っている」とまでは言えないところがあります。この詩の叙情的な名描写には、古来からの伝統的なエキスも十分汲んでいると思われるからです。その点、「この詩のように、否定に満ちた対立的自然観が生まれてきた」という表現は少し言いすぎだったかもしれません。(今回ご指摘いただき、「この詩のように…」の部分は削除、修正しました。)

 しかし同時に、遊子である作者という主体と、千曲川の風光という客体との「主客分離対立」もあることは否めないのではないでしょうか?それが同拙文で指摘しました多くの「否定」となって反映されているように思われるのです。
 江戸時代の誰かの詩に、次のような一節があったかと記憶しています。
    忙中山看我  忙中(ぼうちゅう)山我を看る
    閑中我看山  閑中(かんちゅう)我山を看る
 これなどはまさに、我と山(自然)との「主客一体の境地」のように思われます。また芭蕉の多くの名句も、そういう境地から詠まれたものと推察します。
 
 明治の知識人たちが知らず知らずのうちに、西洋的自然観また同近代思想の影響を受け始めていたのは間違いないと思います。だからこの詩から「憂愁」を感じるとすれば、それは藤村個人に止まらない「近代的憂愁」だったのではないかとも思われるのです。一体このような憂愁の気分を、明治の文明開化以前の青年たちは感じることがあったのだろうか?という問いを発すれば、ある程度肯(うなず)けることなのではないでしょうか。

 以上からこの詩は、藤村の内なる、伝統詩と西洋詩とのせめぎ合いの中から生まれた、藤村詩業の頂点と呼べる最高傑作詩と言えると思います。
 今回少し調べましたが、藤村はこの詩を収録した『落梅集』の発行をもって、詩とは訣別し、散文に向うことになったようです。ご存知のとおり、小諸時代には名品『千曲川のスケッチ』が生まれていますし、後年東京に戻る頃には名作『破戒』の構想もおおむねまとまっていたようです。
 
 なお、同拙文末尾で少しふれましたが。私は「自然観の変遷」とそれに伴う「苦悶」については、現代の方がよりいっそう深刻だと思います。去年何かのコメントの折り述べたかと思いますが、今は小説、詩を問わず、以前のような「名自然描写」は格段に減っています。まるで自然を排除する形で現代文学は成立している、と言っても過言ではない状況のように見受けられるのです。それがおそらくこの時代の要請なのでしょう。
 
 人間はそもそも、(いささか抽象的ながら)「火土水(ひとみ)」の三大エレメントでもって地上に生を享け、そして自然の中で生かされ、また土に還って行く「自然の児」である。このことは、魂が地上の肉体に宿り続ける以上、いかに文明化されようと永遠に変わることのない定理のはずです。なのに現代人よ、「自然」を離れてどこへ行く ! そんな想いを強くしますね。
 (大場光太郎・記)

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コメント

 日本人の自然観の変容という問題。大兄は鋭いところに着眼されましたね。私はあまり現代小説や詩を読む方ではないので断定的なことは言いかねますが、たしかに従来のような「自然描写」は少ないように思います。その理由として、経済成長にともなう土地開発や道路の拡張などによって豊かな自然が破壊され、ライフスタイルも欧米型・都市化型が主流となって身近に自然を感じる環境が大幅に減ったことが挙げられると思います。その結果として小説や詩の題材もいきおい人事が中心となり、自然描写を挿入する必然性が減少したということかもしれません。たとえば、三島由紀夫などは樹木や草花の名前をほとんど知らなかったと聞いています。それでもあれだけの作品を書けたのですね。
 そこへ行くと島崎藤村はえらい!やはり出自が木曽馬籠宿本陣の息子だけのことはあります。自然に対する感受性が豊かですね。因みに私が俳句を高く評価するのも、わずか5・7・5の17文字の中に、必ず季語という自然を取り入れなければならないという日本ならではの発想を堅持しているからです。そしてこの感性は今や全地球に必要なものになりつつあります。
ところで藤村といえば、いつか矢嶋様が「うた物語」の中の或るコメントで彼のことを「ただものではない」と言っておられましたが、私も全く同感です。優れた詩人として出発し、次に「破戒」や「家」、かの問題作「新生」といった自然主義小説を確立し、ついにはあの大作「夜明け前」ですぐれた文明論を展開したわけです。これは私の独断ですが、明治維新というものの真の姿をを理解するためには、この小説は最良のテキストとなるのではないかと思っています。彼はすぐれた文明批評家でもありました。随筆でも実に良いものがあります。「三人の訪問者」という文などは、一読後しばらく動けませんでした。漱石・鴎外を国民的文豪というのであれば、詩人・小説家・文明批評家それぞれの分野で一流であった藤村も加えなければ片手落ちという気がします。それと日本ペンクラブ初代会長としての功績も忘れてはいけませんね。
 
追記
「おくりびと・感想」にいまなおアクセスがあるとのこと。あのような取りとめのない、ひとりよがりの作文に興味をを示す方が少なからずいらっしゃるとは意外でしたが、またうれしく思っております。そしてこれはなによりも、あのような駄文をあえて自身のブログの前面に公開された、大兄の度量の大きさを表明するものだと思っております。

投稿: くまさん | 2009年3月13日 (金) 21時11分

 いつか私も機会があれば「高度経済成長」こそが、自然破壊、人心の自然離れの最大の理由であることを述べようと思っていました。また改めて取り上げることもあることでしょう。
 今回のご文『私の所感(5)』として公開させていただきます。なお文中「矢嶋様が…」とありますが、正確には「矢嶋様への私の返信」です。その個所は訂正させていただきます。
 上ご了承ください。

投稿: 大場光太郎 | 2009年3月13日 (金) 23時43分

大場 様
いやァこれは大変失礼しました。おっしゃるとおり「藤村ただ者ではない」コメントの主は大兄でしたね。最近はだいぶ老化が進んできたせいか、生来の粗忽に一層磨きがかかってきました。おゆるしください。

投稿: くまさん | 2009年3月14日 (土) 10時43分

 いやあ、決して他人事ではありません。体はある程度仕方ないとしても。老化は結局、「心の老化」「頭の老化」に尽きると思います。油断していると気がつかない間にどんどんです。
 ご存知のとおり松下幸之助は、80歳過ぎても第一線で活躍していました。「元気の秘訣は何ですか?」と聞かれて、「1日5回は“びっくり”することだよ」と答えたそうです。驚く、ときめく、感動する、ハッとする、ワクワクする。確かに加齢と共に、そういうことが少なくなりますね。
 改めて「日々新生」を心がけたいですね。

投稿: 大場光太郎 | 2009年3月14日 (土) 12時25分

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