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客舎青青柳色新たなり

    送元二使安西  (元二の安西に使するを送る)

          王維

  渭城朝雨浥軽塵   渭城(いじょう)の朝雨(ちょうう)軽塵(けいじん)をうるおす
  客舎青青柳色新   客舎青々(かくしゃせいせい)柳色(りゅうしょく)新たなり
  勧君更尽一杯酒   君に勧む更に尽くせ一杯の酒
  西出陽関無故人   西のかた陽関(ようかん)を出ずれば故人なからん 

                                  (原詩の一部の漢字を新字体で表記しています)
  …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 王維(おうい) 699年~759年または701年~761年。太原(現在の山西省太原)出身。中国盛唐期の高級官僚にして、盛唐を代表する詩人。同時代の詩人李白は詩仙、杜甫は詩聖と称されるのに対して、王維は詩仏と呼ばれた。(南北朝時代の)南朝以来続く自然詩を大成させた。王維はまた画家、書家、音楽家としても名をはせた。 (フリー百科事典『ウィキペディア』「王維」の項より)

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 桜の花もやっと咲きはじめのこの季節、野山はまだほんの「笑いかけ」で、うすぼんやりとくすんだ緑色にすぎません。そんな中柳の木ばかりは、しだれた枝々にみずみずしい若葉を芽吹かせています。
 ことに、市街地からだいぶ外れた郊外を流れる小河川の堤防沿い。そこに柳の木が連なってでもいようものなら、思わず息を飲むほどの柳若葉の風情です。

 さてこの詩についてです。知人の元二(元家の二男の意)が、公務で安西に使者として旅立つのを見送った時の情景を詠んだ詩です。この詩の季節が春であることは間違いないと思われます。しかし盛春(新緑)なのか晩春(深緑)なのかはハッキリしません。ただ二句の「客舎青青柳色新」から推察するに、どちらかといえば晩春の候だったのかなと考えられます。
 詩全体のおおよその意味は以下のとおりです。
 
 ―渭城に朝降った雨は、舞い上がる塵を潤して(抑えて)いる。安西に旅立つ元二の送別の宴のために入ることとした客舎(旅館)の庭に生えている草木は、朝雨のため青々としていて、分けても柳の緑葉は甦ったように生き生きとした新たな色合いを見せている。
 (転句である三句で、場面は変わって客舎の中の宴)。さあ、元二氏よ。もう一杯飲み乾したまえ。この先西の方の陽関の外に行ってしまえば、もう知り合いは誰もいなくなるのだから。

 この七言絶句は、第一句、第二句が特に絵画的です。わずか十四文字で、客舎周辺のようすがくっきりと視覚的にイメージされてきます。

 渭城とは、渭水のほとりにあった秦、漢の時代の都・咸陽(かんよう)のことで、現在の咸陽市よりやや西にあった都のようです。そこから元二は渭水沿いに西へ向い、やがて現在の蘭州付近で黄河を渡り、河西回廊を通って敦煌に到り、その南の陽関からいよいよ西域(シルクロード)に出てやっと安西にたどり着くルートを経たようです。
 安西には当時、安西都護府という唐の西域の前哨基地が置かれていました。唐の首都・長安から2,500kmという、遙か彼方の辺境の地です。

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(「陽関」跡地 現在、陽関そのものは砂漠の下に沈んでいる)

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 結句の言外にひそませている想いとして。送る王維も、送られる元二も別離の情は例えようもなかったと思われます。ことに、これより千里の彼方の砂漠に旅立たなければならない元二にとって「客舎青青柳色新」は、心底目にしみたことでしょう。

 ただ「使い(使者)」であることが、救いといえば救いです。かの地の都護府役所での用向きが済めば、ある程度の滞在期間の後戻れることになるはずだからです。これが「赴任」だったとしたら、そうはいきません。古(いにしえ)の王昭君(おうしょうくん)や李陵(りりょう)のように、かの地に骨を埋める覚悟で旅立たなければなりませんから。

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(「王昭君」画像)

 (注 王昭君は紀元前1世紀頃の前漢の宮女。匈奴の王の妻となるべくかの地に送られた。中国四大美女の一人。 李陵は漢の武帝の時の将軍。匈奴との戦いで善戦するも、敵に寝返ったと誤解され、帰国を果たせずかの地で没した。)

 この詩は、後世中国版『蛍の光』のような別離の歌として、民衆に広く歌い継がれていったようです。現代中国でも、必ず学校で教えるそうです。そういえば私は数年前、厚木市の某出先機関の「ビデオライブラリー」の一つとして、NHK『漢詩紀行』の「王維編」を借りて観たことがあります。その中で初老の男性が、この詩を音吐朗々と吟じていたのがとても印象的でした。

 (大場光太郎・記)

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コメント

昔の知識人が送別の席で謳ったと聞いています。王維の意を解しての昔人の気持ちが注がれたのでしょうね。

投稿: Mr,Brown. | 2013年4月20日 (土) 09時57分

 どうもありがとうございます。
  渭城朝雨浥軽塵
  客舎青青柳色新
   ・・・・・・
 本当に情景が鮮やかに目に浮かびますね。末尾でも触れましたが、古来最も愛誦されてきた詩の一つのようですね。

投稿: 時遊人 | 2013年4月20日 (土) 13時41分

 本記事は2009年3月27日公開でしたが、今回トップ面に再掲載します。なお今回、本文中に画像を挿入しました。

投稿: 時遊人 | 2017年5月11日 (木) 04時23分

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