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『天地人』について(7)

 『天地人』今回(第15回)の「御館落城」は、大変良かったと思います。第1回以来の大きな感銘を覚えました。ただ第1回の子役・加藤清史郎君といい今回といい、脇役の演技により盛り上がったのであり、肝心の主役直江兼続役の妻夫木聡の吸引力によるものでないことは、大変残念です。
 
 上杉景虎を演じた玉山鉄二は、景虎の死をもって『天地人』における今後の出番はないことになります。しかし印象的な、悲運の武将としての景虎役を好演、熱演したことにより、玉山鉄二は役者としての株を一気に上げたのではないでしょうか?既に自害した妻・華姫(相武紗季)の遺骸を抱いて、静かに死地に赴く場面など、近松門左衛門の人形浄瑠璃に見られる死出の旅を彷彿とさせる演出でした。一歩去り行くごとに、その身の丈はより大きくなっていく…。
                         
 今回は、上杉家最大の危機であった「御館の乱」をより理解するため、脚本、演出を交えたドラマではない、歴史的事実に沿った経過を以下に述べてみたいと思います。
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 御館の乱とは、天正6年(1578年)旧暦3月13日上杉謙信(演じたのは阿部寛)の急死後、その家督を巡る上杉景勝(北村一輝)と上杉景虎(玉山鉄二)との間で起こった内乱です。後継者争いは死の直後から小規模ながら勃発し、一級資料による正確な日付は不明であるものの、景勝は謙信死後素早く春日山城の本丸を押さえたものと推定されています。
 この先手必勝により金蔵、兵器庫を接収し、緒戦の勝敗は決しました。景勝方が手に入れた財産は金3万両、謙信が蓄えていた軍資金でした。
 次いで景勝は、3月24日付け書状において、国内外に向けて後継者となったことを宣言し、三の丸に立て籠もっていた景虎方への攻撃を開始しました。そのため景虎軍は春日山城を脱出し、前関東管領・上杉憲政が居住する「御館(おたて)」に立て籠もりました。

 こうしてどちらが越後国主にふさわしいかの、全面戦争は必至となりました。旧5月5日春日山城下の大場(現上越市)において景勝方と景虎方が激突しました。「御館の乱」の始まりです。領内の豪族は真っ二つに分かれました。中には様子見の豪族もいました。
 御館は上杉憲政の住居であるとともに、一時謙信が政庁として使用した所でもありました。御館を中心とした地域が、越後府中で、越後における政治、文化の中心地でした。

 とにかく負ければ景勝にしても景虎にしても、どちらかが命を絶つしかない凄まじい内乱です。そんな極限状態では「義だ愛だ」などというキレイ事を言っている場合ではありません。いかなる手段を使ってでも勝つしかありません。
 そのため5月16日には、景虎方が春日山城下の春日町に火をかけ3000軒を焼き払い、また6月11日には府内で戦闘が繰り広げられ、今度は景勝方が御館の南に広がる6000軒を焼き払いました。こうして府中は完全に焦土と化したのです。  (御館の乱―以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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