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続・回想の昭和34年4月10日

 以下はご成婚にまつわる、私自身のささやかな思い出です。

 当時は、山形県宮内町立母子寮の東寮の4号室が、母と私と妹3人の我が家に与えられた部屋でした。(八畳一間に玄関と押入れ付き。炊事場やトイレは共同。当時は風呂無し)。お隣の5号室は、Iさんという母親と子供3人が住んでいる家でした。隣同士ですから、子供の私などは特に、何かというとそれぞれの家を行ったり来たりする仲でした。Iさんの子供とは、私より三つ年上の男の子―私は年上なのに「N君」とクンづけで呼んでいました―と、私より一つ下の男の子、そして私より一つ上の女の子の3人です。
 その中でも三つ先輩である「N君」は当時から、実の弟以上に「コタロ君、コタロ君」と私を大変可愛がってくれました。そのN君は既に中学1年になっていて、当時新聞配達のアルバイトをしていました。

 ご成婚が行われた翌日だったか、N君が私に、両殿下(当時)が金屏風を前にして古式ゆかしいご婚礼姿で映っている大きな記念写真(複写)をくれたのです。今思えばこれは、新聞購読家庭にはもれなく配られものと思われます。そして配達員にも何部か限定で、新聞取次店からもらったのだと思います。
 確か「ええが。これは貴重なものだがら、コタロ君大切に持ってで、誰にもやっちゃダメだぞ」と念を押されたかと思います。しかし私はそれに特別のありがた味も思い入れもなく、その美麗な記念写真の複写をぼんやりしながら、特に深い感謝もなしに受け取りました。

 すると間もなく、N君が念を押した意味を思い知らされる事態が起こりました。私がくだんの写真を入手したことが、全寮中に知れ渡ったようなのです。それは皆の垂涎の的だったらしく、その日の夕方頃、西寮のある家の私より2、3歳年上の女の子が(その母親に言い含められてか)私の家を訪ねてきました。
 「コタロ君、N君からご成婚の写真もらったなだって?ちよっと見しぇでみでけろ。…あらぁ、やっぱり良い写真だなぁ」。その女の子はしげしげと写真を見ていました。そして次に核心の話を持ち出したのです。
 「とごろでコタロ君、マンガ好きだったよな。ここさ何冊か持ってきたんだげど、どうだべ。この写真と取替えっこすねが?」。
 小学校4年生のいささか間抜けな私にとっては、両殿下のご成婚写真などより、マンガ本何冊かの方が、ずっと価値のあるものだったのでしょう。私は何のためらいもなく、この取替えっこに同意したのでした。取引成立し、その女の子はそそくさと、立ち去っていきました。

 私は交換で手にしたマンガを夢中になって読んだのはさておき。それは早速N君の知るところとなりました。さあ、N君の怒るまいことか。ふだんは温厚なやさしい兄のようなN君が本気で怒った時の怖さを、まざまざと思い知らされることになりました。
 N君にしてみれば、可愛い弟分の私のためにと特別に手に入れたものを、大切に保管するどころか早々に人に渡してしまうとは、人の気も知らないで、ということだったのでしょう。
 その後1月くらい、N君の機嫌は直りませんでした。
                       *
 そのN君(今ではNさんと呼ぶべきです)は、私が中学1年になろうとしていた昭和37年春3月に中学を卒業して、集団就職で上京していきました。Nさんは更に上の学校に進学する能力は十分あったと思います。しかし当時母子寮の子弟は、能力があろうとも中学を卒業すると同時に就職するのが、寮で長年お世話になった社会への恩返しだ、というような暗黙の了解があったように思います。

 今振り返ってみると、Nさんにとって私はホモ・セクシュアルな対象だったのかな?と思われないでもありません。Nさんは年1、2回の帰省の折りも、依然私をそれとなく気にかけているようでした。
 しかしそういう傾向性のない私の方は、「去る者日々に疎し」で、毎日顔を合わせていた当時のような親密さは薄れ、またNさんが急に「東京の人」になってしまったような気後れもあり、親しく話すこともなくなりました。そんな私の心持ちを察知したのか、Nさんは私が中学3年だった夏以降ばったり帰省して来なくなりました。

 私自身もまた高校卒業と同時に寮を出ましたし、寮そのものも昭和50年代半ば頃その社会的使命を終えて取り壊されました。その後私もまた高卒で首都圏の当地にやってきて、時に言うに言われぬ想いをしながら今日まで何とか生き延びてきました。中卒のNさんの場合は、私の苦労などとはおよそ比べ物にならなかったことでしょう。
 そのまま現在も東京あるいは近郊のどこかでお暮らしなのか、それとも中途で帰郷されたのか。風の便りにもまったく消息が聞かれないのが残念です。
 
 (後半は「ご成婚」とはまったく関係ない話になり、お詫び致します。)

 (大場光太郎・記)

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