春の岬
三好達治
春の岬旅のをはりの鴎どり
浮きつつ遠くなりにけるかも
…… * …… * …… * …… * ……
三好達治(みよしたつじ) 1900年8月23日~1964年4月5日。大阪府大阪市出身。詩人。
初め職業軍人を目指し陸軍士官学校に進むが、脱走事件を起こし退学処分となる。京都三高文科に入学。詩人丸山薫の影響で詩作を始める。やがて東京帝国大学文学部仏文科に進む。大学在学中に梶井基次郎らと共に同人誌『青空』に参加。その後萩原朔太郎と知り合い、詩誌『詩と評論』創刊に携わる。シャルル・ボードレールの散文詩集『巴里と憂鬱』の全訳を手がけた後、処女詩集『測量船』を刊行した。叙情的な作風で人気を博した。
『艸(くさ)千里』『駱駝の瘤にまたがって』など十数冊の詩集のほか、詩の手引書『詩を読む人のために』や随筆集『路傍の花』などがある。1953年芸術院賞、1963年読売文学賞を受賞。 (フリー百科事典『ウィキペディア』・「三好達治」の項より)
《私の観賞ノート》
形式は短歌ですが、詩アンソロジーには「詩」として収録されています。そこで当ブログでも『名詩・名訳詩』カテゴリーでご紹介することに致しました。
この詩ではまず冒頭に「春の岬」と叙景の言葉を持ってきます。このことにより、読む者に季節は春であること、そして詠まれている場所は「岬」であることを強く刻印させる効果をもたらしているように思われます。
詩人は旅そのものを克明に叙述することはしません。その代わりにこのような一編の短詩によって、己の心の奥深くに刻み込むのです。
この詩の舞台である「春の岬」が、具体的にどこなのかは分かりません。「海に突き出た陸地の先端」を岬というのであれば、犬吠岬、三浦岬、足摺岬…海洋国日本の海沿いに数限りなくあります。しかしなぜか私は、この詩を最初に読んだ時から、そのような内陸の岬ではなく、例えば伊豆大島のような孤島の突端としての岬がイメージされてくるのです。
それはさておき。三好達治は日本のどこかの岬に接した地を旅して、春たけなわのその地を堪能し、かつ深い印象を刻んだのでしょう。そうでなければ、このような優れた抒情詩が生み出されることはなかったでしょうから。
詩人のデリケートな心情からすれば、旅は自宅に帰りついた時に終わるのではなく、岬から船に乗り込んだことをもって「旅のをはり」と感受されたわけです。そして旅の終わりを感受させた、いわば旅全体を締めくくるような存在が「鴎どり」。
鴎は、岬にほど近き海の上をただ飛び回っているだけ。詩人を慕って追いかけてくるようなことは、決してありません。早や帰船の人となって、船からその飛翔のさまを眺めている詩人と鴎の距離、つまりその先の岬とさらにその奥の旅してきた土地との距離はどんどん離れ遠くなっていくばかり。
だからこそ、鴎は旅全体の象徴的意味合いを帯びて、詩人の心に感じられてきたわけです。
「浮きつつ遠くなりにけるかも」
詩人は、遠ざかりゆく鴎の姿を「飛びつつ」というしっかりした運動とは捉えていないのです。何か現実感覚が抜け落ちたように、ふわりふわりと浮いているかのような鴎たちの姿。
その先の海辺のまたその奥の旅で出会った様々な事どもや人々は、一体何であったのか?つかの間の夢幻(ゆめまぼろし)ででもあったのだろうか?
詩人は船上で、しばしそんな奇異な感にうたれていたのかもしれません。
(大場光太郎・記)
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コメント
本文中に記しましたように、この詩における「岬」はどこかが気になりました。それともう一つ気になったのは、作者がこの旅をしたのは何月か?ということでした。
ただ漠然と「春」とあるだけです。他には手がかりになるような叙述が何もありません。たとえば、「山桜が咲いている」とか「新緑がまぶしい」とか・・・。
土台「旅」自体個人的な都合によるものですから、これから類推するわけにもいきません。そこで私は、「旅のをはり」と「春の終わり」が重なって晩春頃、5月連休頃かな?と思ってきました。
しかしこれは違うかもしれません。作者の三好達治にとって、「春何月か」などは実は些細なことなのであって「春の旅」「旅のをはり」の持つある寂しさの感情を出したかっただけなのかもしれません。
なお今あらためて読み返してみると、この短詩は、「なりにけるかも」という終わり方に見られるような和歌の伝統的な手法とともに、近代的な叙情がミックスされた独特な味わいがあるようです。
投稿: 時遊人 | 2013年5月15日 (水) 12時59分
間もなくゴールデンウィーク突入です。私はそんな余裕はありませんが、これをごらんの方の中には、国内・国外旅行に行かれる方々がおありかもしれません。どうぞよい旅の思い出をおつくりください。ということで、2009年5月公開のこの記事をトップ面に再掲載致します。
投稿: 時遊人 | 2015年4月27日 (月) 10時46分
本記事は2009年5月20日公開でしたが、今回トップ面に再掲載します。と再掲載してみて少し驚きました。確かこの記事はまだ再掲載していなかったはずと思っていたのに、もう2回もしていたのです。なんとまあ我が記憶の頼りなさよ、と思わせられます。
なお今回新たに関連画像を挿入しました。
投稿: 時遊人 | 2018年3月27日 (火) 00時23分