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映画『GOEMON』のこと

 5月1日公開の映画『GOEMON』が、スタートから絶好調のようです。5月5日時点で早くも約50万人の観客動員を記録したそうです。
 そのため同日、「大ヒット御礼舞台あいさつ」が全国5都市で開かれ、主役の石川五右衛門を演ずる江口洋介は、共演の広末涼子と名古屋と大阪を、ガレッジセールのゴリは紀里谷和明監督と札幌と福岡をそれぞれ巡り、夜には東京に集結しました。
 同映画はまた、フランス、イギリスなど世界8ヵ国での公開も決定しており、5月末から始まるカンヌ映画祭でのマーケットでも上映予定で、共同配信のワーナーは「公開国はさらに伸びるはず」と自信を深めているもようです。日本の歴史的大盗賊・石川五右衛門が、時空を超えて世界に殴りこみをかけるといったところでしょうか?

 紀里谷和明監督といえば、歌手の宇多田ヒカルと昨年3月に離婚したことで話題となりました。『GOEMON』は離婚後初めての監督作品で、構想4年。プロデューサー、脚本、原案、撮影監督、編集を担当し、さらに明智光秀役で自らが出演するほどの力の入れようです。「ヒカルよ、見てくれ ! 」といったところでしょうか(笑)。
 またキャストも、主演の江口洋介をはじめ、大沢たかお、広末涼子、中村橋之助、伊武雅刀など豪華キャスト陣です。

 今回の主役・石川五右衛門は、安土桃山時代に徒党を組んで盗賊を働き、京の三条河原で釜ゆで(別の説では、釜あぶりまたは油で煮られた)により処刑されたという事実は間違いないようです。何点かの史料に残された彼の記録は、いずれも文禄3年8月24日(1594年10月8日)の処刑に関するもので、生年や具体的にどのような悪行を働いていたのかなど、詳しいことはあまりよく分かっていません。
 そのためかえって、後代の創作者たちの想像力と創作意欲をかき立てたことは間違いなく、石川五右衛門に関しては古今数多くのフィクションが描き出されてきました。今回の『GOEMON』も、その一ヴァージョンと捉えることも可能です。

 伝説の大泥棒として五右衛門が庶民に広く認知されたのは、ご存知のとおり江戸時代のことでした。盗賊である五右衛門が人気を博した理由は、浄瑠璃や歌舞伎の演題で次第に義賊として扱われるようになったこと、また権力者・豊臣秀吉の命を狙うという筋書きが庶民の心をとらえたことによるものです。
 歌舞伎『金山五山桐(楼門五山桐)』の「山門」の場で、「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金とは小せえ、ちいせえ」と、煙管(きせる)片手に見得を切る場面、釜ゆでにされながら詠む「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ(辞世の歌とされている)」が特に有名です。
 山門の場面で五右衛門は、髪が伸びすぎた状態を表す「百日鬘(ひゃくにちかつら)」に大どてらという格好をしており、これが今日に到る一般的な五右衛門像として定着しています。
 なお石川五右衛門の戒名は、一体どこの誰が追贈したものなのか、「融仙院寿岳禅定門」です。これは処刑された盗賊としては、極めて異例で破格な戒名といえます。

 映画『GOEMON』は、石川五右衛門が、盗んだ箱の中から見つかったある秘密によって、さまざまな陰謀に巻き込まれていくというストーリーです。しかしその世界観は従来描かれてきたイメージとはかなり異質で、今まで誰も見たことのない五右衛門像が描き出されているようです。
 例えば五右衛門は、戦国武将に仕える忍びだったという設定で、髪形はチョンマゲや百日鬘などではなく現代風。衣装も日本古来の着物と西洋の甲冑を合わせたような独特な姿で、足元には何とロングブーツ。劇中では、西洋風の城や建物など、五右衛門が生きた安土桃山時代とはまるで異なる背景が建ち並ぶ…。
 このような斬新なアイデアは、すべて最初から世界公開を視野に入れていたためといわれています。

 それにしても。ついこの前の『K-20怪人二十面相・伝』といい、今回の『GOEMON』といい、盗賊という悪のヒーローがなぜ今受けるのでしょう?
 思うに(『K-20』で述べたことと重複しますが)、今の時代は、さまざまな要因によって閉塞感の極みのような社会状況です。息苦しさ(生き苦しさ)を誰もが感じています。しかし現システムは、個人がいくらあがいてみたところでいかんともしがたいほど強固なものです。そこで昔のヒーロー、怪人二十面相や石川五右衛門を、「K-20」「GOEMON」として今日的にリニューアルして甦らせ、新たに超人的パワーを賦与し、体制の中枢にまで挑ませるという、大衆の『とにかくこの現状を変えたい、打破したい』という、潜在的なニーズや願望に応えた試みなのではないでしょうか?

 結果観客は、彼らの胸のすくような痛快な冒険活劇につかの間の開放感、カタルシスを味わうという仕掛けであるようです。しかしそれとてもしばらくすれば冷めてしまい、元のグレーな現実感覚に戻ってしまいがちです。
 「自分が変われば世界が変わる」。そこでそこから先は、自分自身でいかにモチベーションを維持し、高め続けられるか。K-20でもGOEMONでも他の誰でもない、自分自身の「内なる力」の出番となるわけです。

 (大場光太郎・記)

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