絶句
杜甫
江碧鳥逾白 江(こう)碧(みどり)にして 鳥逾(いよいよ)白く
山靑花欲然 山靑くして 花然(も)えんと欲す
今春看又過 今春看(みすみす)又た過ぐ
何日是歸年 何(いずれ)の日か 是れ 歸年ならん
…… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
杜甫(とほ) 712年(先天元年)~770年(大暦5年)。現在の湖南省生まれ。中国盛唐の代表的詩人。字(あざな)は子美。杜少陵、杜工部とも呼ばれる。律詩の表現を大成させた。詩人としての最高位の呼称である「詩聖」と後世の人から讃えられ、同時代の李白と並び称される。
杜甫の詩の特徴は、社会の現状を直視したリアリズム的な詩が多く、一時交流のあった李白の幻想的で自由闊達な詩風とは反対の詩風をもっていた。特に756年の「安禄山(あんろくざん)の乱」では、杜甫自身壊滅した首都・長安から脱出し一時賊に捕まり幽閉された。それらの体験に基づいた、代表的な詩『春望』などの悲しみに満ちた詩を作っている。
杜甫は「漂泊の詩人」として、古来我が国の文学作品にも多大な影響を及ぼした。特に松尾芭蕉は、杜甫に深く傾倒していた。 (フリー百科事典『ウィキペディア』「杜甫」の項より)
この詩を最初に学んだのは、高校2年頃の漢文の授業だったと思います。私の漢詩の知識はそもそも高校漢文が土台になっています。その後20代後半の頃、岩波文庫版『唐詩選』や岩波新書の吉川幸次郎の『新唐詩選』を、少し読んでみたくらいなものです。ですから決して偉そうなことは言えませんが、私の乏しい漢詩知識の中で杜甫は最も好きな盛唐詩人です。そしてその杜甫詩の中でも、この『絶句』が一番のお気に入りです。
江碧にして 鳥逾白く
山靑くして 花然えんと欲す
最初のこの二句のたった十文字だけで、杜甫が目の当たりにしている春景が完璧に表現されていると思います。極めて視覚に訴えてくる詩です。杜甫とともに、ビジュアルにこの詩の景色がたどれそうです。
この詩は、安禄山の乱を逃れて、古えの蜀の都・成都に避難していた頃の作といわれています。ですから「江」は一般的に大きな川という意味ですが、この詩では成都を貫流して長江へ注ぎ込む一支流となります。
第一句の「江碧鳥逾白」と第二句の「山靑花欲然」は、「江の景」と視線を転じた「山の景」の対(つい)になっています。それとともに、第一句はさらに「江碧」と「鳥(逾)白」と句中の対、また第二句の「山靑」と「花然」も句中の対になっており、このような対比の妙により精緻を極めた詩との感を深く致します。
「碧(みどり)」はあおみどり色、今風な表現ではエメラルドグリーンです。川の水がエメラルドグリーンであることによって、その上を飛び交っている水鳥の白がいっそう引き立っているように思われます。
「山靑」は、青葉の深緑に覆われた山のさまをイメージすればよいと思います。「花然」は「花燃えん」ですから、花の色はさながら今しも炎をあげて燃えるばかりの赤い色なわけです。ここでも、「青」と「赤」の際立った色彩的コントラストの妙がみてとれます。
と晩春の大景を余すところなく叙景して。転句である第三句において、一転杜甫自身の内心の吐露となります。
今春看又た過ぐ
今年の春もこうしてみすみすやり過ごしてしまったか ! という詠嘆です。歴史的な大詩人の詠嘆とはおよそ比較にならないものの、私もまたこのような嘆きをいっぱい持っている一人です。特に20代の頃は、過ぎて去っていく日々というものに今よりずっと鋭敏だったようです。それが証拠に、毎年惜春の候になると決まってこの詩が思い出され、独り『あぁあ。今春みすみすまた過ぐ…か』などと思っていました。そうして何かしら満たされない想いの残る、青春の一春一春を見送ってきたような気がするのです。
何の日か 是れ 歸年ならん
そして結句の言葉です。この感懐は、同じ杜甫の詩の『春望』とどこか共通しているように思われます。安禄山の乱よ早く収まってくれ、私は郷里に戻りたいのだ、という祈りのような心情だったのでしょうか。
この感懐によって、杜甫は目の当たりにしている美しい江山の景色を、ただ単純に賛美しているのではないことが分かります。美しい詩の言葉の言外に潜ませている哀しみ。これこそが杜甫詩の魅力です。
(大場光太郎・記)
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