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やはらかに柳あをめる

         石川啄木

  やはらかに柳あをめる
  北上の岸辺目に見ゆ
  泣けとごとくに

 …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 石川啄木(いしかわ・たくぼく) 1886年~1912年、本名一(はじめ)。岩手県南岩手在の寺の長男として生まれ盛岡中学校(現盛岡第一高等学校)を中退、明治35年文学を志し上京したが、再び帰郷。「新詩社」の同人となり、詩集『あこがれ』(明治38年)を刊行し、「明星」派の詩人として登場した。その後生活上の行きづまりから北海道に渡り漂泊生活を送ったが、再び上京して東京朝日新聞に校正係として就職し、43年同紙朝日歌壇の選者となり、処女歌集『一握の砂』を出して歌壇にしかるべき地位を確立した。
 この年幸徳秋水(こうとく・しゅうすい)らの大逆事件に衝撃を受け、社会主義思想に傾き土岐哀果(とき・あいか)らと生活派の短歌を主張して、明治45年『悲しき玩具』を出した。同年肺結核の果て26歳の生涯を終えた。死後大正2年詩集『呼子と口笛』が出版された。 (河出書房版・日本文学全集29『現代詩歌集』解説より)

 この歌が収録されている『一握の砂』は、26歳で世を去った石川啄木が、生前唯一出版した歌集です。同歌集には551首が収められていますが、当初は伝統的形式の一行書きだったものを、出版の過程で三行書きに改め、またタイトルも『仕事の後』から『一握の砂』に変更しました。
 『一握の砂』は、啄木の現実の日常と回想や心象風景を交錯させた、啄木の青春的自画像ともいえる歌集です。それまでの短歌には見られなかった平明で真率な表現さらには「三行分かち書き」という革新的表記法とあいまって、集中の歌を一つも知らないという人がいないほど、近代短歌中最高の読者を得ています。盛岡中学の後輩である宮沢賢治は、同歌集を読んで刺激を受け作歌を始めたといわれています。

 今回の短歌は、『一握の砂』中、「我を愛する歌」の次の「煙(けむり)」というサブタイトルの「二」に収めらています。今さら解釈の必要もないほど、啄木短歌の中でも最もよく知られた作品の一つです。
 遠く岩手山を望む北上河畔には、啄木没後10年を記念して大正11年にこの短歌を刻んだ歌碑が建てられました。その後川の氾濫により、元の位置から50mほど引いた現在地に移されたとのことですが、建立当時は巨大な花崗岩(かこうがん)を、雪の中村中総出で3日がかりで山から運んだのだそうです。碑の裏面には、「無名青年の徒之を建つ」と刻まれているそうです。

 このエピソードに見られるように、没後はその名声全国に知られ、郷里でも敬愛されることとなった啄木でした。しかし生前の啄木にとって、岩手は複雑な心情にならざるを得ない故郷だったようです。
 この歌のすぐ前の歌は―
  石をもて追わるるごとく
  ふるさとを出でしかなしみ
  消ゆる時なし
とあるように、故郷に対する想いは、単なる望郷の念などでは片づけられない、大変複雑なものがあったようです。

 「石をもて追わるるごとく」ふるさとを出ることになった一つの原因は、盛岡中学時代のテストのカンニング発覚、欠席の多さ、成績不振による退学勧告による上京であるようです。あるいはまた父が宗費滞納のため、渋民村宝徳寺を一家で退去せざるを得なかった事態、さらには盛岡中学時代から付き合っていた、堀合節子との結婚にあたっての先方の親戚との軋轢(あつれき)などが重なってのことなのかもしれません。

 啄木の短歌すべてに言えることですが、(どういういきさつでそうしたのか仔細には分かりませんが)「三行分かち書き」にしたことで、短歌というよりはむしろ「三行詩」と形容したくなります。この歌は特にみずみずしい叙情詩といった趣きで、北上川の鮮明な視覚的イメージが喚起されます。
 
 「やはらかに柳あをめる」ですから、東北の遅い春の訪れである、4月下旬から5月上旬頃の北上の情景でしょうか。「北上の岸辺目に見ゆ」から、啄木は直接北上河畔に立ったのではなく、岸辺全体が視野に入るかなり離れた位置にいるようです。例えば仕事を求めて北海道に赴く途中の、汽車の車窓から遠く北上の岸辺を眺めた、というようなシチュエーションが考えられます。
 自身は直接かの岸辺に立つことは出来ない。そしてその景色というのは、遠ざかる列車の中からしばし眺めやっただけ。その一過性と、距離の隔たり。それゆえにこそ、望郷の想いはより切実に啄木の胸に迫ってきます。
 その想いの極みが、「泣けとごとくに」という印象深い劇的な結びの言葉となって迸り(ほとばしり)ました。

 (大場光太郎・記)

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