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日々雑感

 ゴールデンウィークは慌しく過ぎ去り、気がついてみると5月も早や下旬です。今週はまずまずの晴天続きで、先日『初夏だより』でお伝えしましたように我が街はすっかり初夏の装いです。
 そうしましたら、夜半からつい今しがたまで雨が降りました。土砂降りではなく、連日の暑さを少しばかり冷ましてくれそうな、五月の静かな夜雨です。

 話は変わって―。きのう21日から、いよいよ「裁判員制度」がスタートしました。同日朝の某ワイドショー番組で同制度に触れ、その中で毎度おなじみのO弁護士が、「昔々は人を裁けるのは、王様しかいなかった。それがこの制度によって、一般国民が人を裁けることになったのだ。主権在民ならではの画期的な制度だ」と、同制度のアピールにこれ務めていました。法務省直轄組織・日弁連を代表した見解なのでしょう。
 しかしフジテレビが緊急に実施した世論調査では、「あなたは裁判員として参加したいですか?」という質問に対して、「したい 16.2%」「したくない 45.8%」「あまり気が進まないが義務なので仕方がない 37.2%」。消極的理由も含めた否定的な意見が「83%」にも上りました。法務省としては、「国民へのPRがまだまだ足りなかったか」というような数字です。

 私も行政書士という「法律家のはしくれ」として、出来れば当日までに裁判員制度についての拙い所見など、と考えておりました。しかしなまじ法律をかじっているだけに、述べづらいこともあるものです。
 いえこれまで何度か述べてきましたように、私は実は「隠れ法律嫌い」でもあるのです。それでも業務上のメシの種である「民法」なら、これまで第1条から第1044条までつまり終いまで3、4回ほど読み返してきました。しかし「民事訴訟法」や「刑法」となるとまるでお手上げです。ズブの素人と何ら変わりありません。私は東北の農耕民の血筋のゆえなのか、そもそも争いごとが苦手、喧嘩ベタな人間です。それが、刑法学習から遠ざけている大きな要因かもしれません。
 ただ同制度は見直すべき点が多々あるとしても、ともかく制度としてスタートしました。国民すべてが、裁判員となって「死刑か否か」を裁かなければならなくなる可能性があります。いずれ私自身しっかり勉強して、皆様の同制度理解の一助となりますかどうか、ささやかな情報を提供出来ればと思います。

 直前記事『草なぎ剛 手紙』、おかげ様で大好評でした。当日21日、当ブログ史上(笑)どれだけ凄い数字が出たかは、同記事コメントにて触れておきました。そうしましたら、翌22日はもっと凄いことになりました。
 日をまたいでも、同記事へのアクセスは引きも切らず。結果、前日の1日訪問者数131人をこれまたあっさり更新し、「156人」という驚異的な数字をはじき出しました。まあ、今後どんな旬な記事を出そうとも、当分突破出来そうにない数字です。(アクセス数も、きのうの245にわずか及ばない「243」でした。それでもさすがに夕方以降は下火傾向です。)

 ところで『天地人』シリーズも人気記事の一つです。ここのところ、「天地人 おもしろくない」検索でのアクセスが続いています。私もドラマは毎回観ていますが、まあ何とコメントしていいのやら、批評・批判してよいのやら。シリーズも(10)で止まったままです。
 一言だけ申せば―。前々回の「本能寺の変」。ご存知織田信長の死を扱ったものでした。今まで大河ドラマでも、他の民放各局の歴史ドラマでもばしば取り上げられた題材だと思います。推察するに、熱演した信長役の吉川晃司には悪いけれど、これまで一番つまらない本能寺だったのではないだろうか?と思われるのです。あまりに演出が度を越しすぎて、リアリティと迫力を欠いたシーンになってしまったのではないでしょうか?

 本夕所用で、平塚市に向いました。同市内の平塚市役所に向う、片側に工場などが建ち並ぶ通り沿い。途中工場群と反対側に、鬱蒼たる高い木立に囲まれた平塚球場もあります。その通りの、パイロット平塚工場の道路境のフェンス越しに、200~300mバラがズラッと連なっています。ちょうど今を盛りに、色とりどりの見事な大輪が咲き誇っているのです。
 同市では有名なのかどうかは知りませんが、この時期恒例の華麗なバラの花の眺めです。

   くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる

 それを見やりながら、正岡子規のこの短歌がふと思い出されました。詠まれているのは、「薔薇の芽」「春雨」と、大輪のバラの花咲く今の季節ではなく、もっと前の若い季節です。
それなのに、なぜこの歌がひょいとよみがえってきたのだろうか?無意識とは奇妙奇天烈ですから分かりません。但し私自身、バラの詩、短歌、俳句などをあまり知らないことも事実です。
 この短歌を知ったのは、中学2年の頃。近代短歌というものに接したそもそもの頃のことでした。『短歌とはこんなに素晴らしいものなのか ! 』。まるでこの短歌の活字が、本から躍り出てくるような感覚に捉えられたことを覚えています。

 (大場光太郎・記)

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